藍 画 廊



若宮綾子展
「軸をさがして」
WAKAMIYA Ayako


若宮綾子展「軸をさがして」の展示風景です。



画廊のほぼ中央の床に置かれた、一点の作品。
画廊内の展示はこれだけです。
もう少し近づいて作品を見てみましょう。



石膏、ですね。
一つ一つの形は、自家製の石鹸を石膏で型取りしたものです。
例えば、上から七番目の四角い立体が石鹸の原形です。
石鹸を使用していると、角が取れて、形も小さくなっていきます。
その石鹸のプロセスが、下から上へと、積み重なった石膏で表現されています。

プロセス自体もご覧の通り、何通りも重ねられています。
個々の石膏は糸で結ばれています。
(石膏の中央に穴が空けられています。)
糸は天井で固定されていて、吊り下げられる(貫く)ような形で、石膏の重なりが成り立っています。
画面の上方に見えるのが、その白い糸です。



白い空間に置かれた、小さな白い石膏の連なり。
(いつものように壁面に作品を探していると、うっかりぶつかってしまいます。)
不揃いな形ですが、天井からの糸によって、軸が定まっています。
作品サイズは700(H)×100(W)×100(D)mmです。


画廊内の展示は上記の一点ですが、その他道路側ウィンドウに一点、芳名帳スペースに六点の小品展示があります。

左は道路側ウィンドウの小品(70×25mm )です。
小品はいずれも使用して小さくなった石鹸か、あるいは左の作品のように、それを石膏で型取りしたものです。


若宮さんの近年の作品の素材はいずれも石鹸で、形そのものを提示したものと、シフォンジョーゼットで包んだものの二系統があります。
今回は前者で、縦に積んだ展示に特徴があります。
ハンドメイドの石鹸を洗濯に使用して、すり減っていく過程ごとに石膏で型取りし、そのプロセスを作品の基本にしています。
縦に積んだ意図は、軸の問題で、それがサブタイトル「軸をさがして」に表れています。

石鹸の減る過程とは、毎日続く生活を暗喩しています。
石鹸が歪(いびつ)なのは、生活ですり減っていく箇所が異なるからです。
今日はこちらの角、明日はあちらの角、明後日は底の右側。
そうやって減っていく石鹸はわたし達そのものですが、何も心身をすり減らしているばかりではありません。
異質なものと擦りあって、角が取れ、磨かれることだってあります。
小さくなった石鹸の形と光沢が、愛おしいほど美しく見えることがあるのですから。

本展のサブタイトルは「軸をさがして」です。
積み重なった生活の中の軸。
展示では、一本の白い糸が軸になっています。
見えそうで見えない、白くて細い一本の糸。
巧みで、キリッとした表現です。

さて、生活の中の軸とは、何でしょうか。
果たしてわたし達の生活に軸があるのでしょうか。
あるとしたら、それはどのようなモノなのでしょうか。
そして、その軸は、定まっているのでしょうか。

疑問の嵐に襲われましたが、ここで正月らしい発見を一つ。
パソコンのモニターで作品画像を見ていたら、その姿が鏡餅に見えてきました。
鏡餅を調べると、神様と人間を仲介するものであって、捧げた餅を分けて食べることで、神様から祝福を受けるという信仰に由来するそうです。
考えてみれば、それも軸になりますね。
神様と人間が親しかった時代の、軸です。

若宮さんのお話では、展示の因(もと)になったのは、身体の軸だそうです。
バレエのレッスンで、身体の軸について教示があり、その重要さに気が付いたそうです。
言われてみれば、バレエに限らず、身体に軸がないと何事も思うように動きません。
その軸の在り方が、文化と呼ばれるものかもしれません。

ご高覧よろしくお願いいたします。

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会期

2007年1月9日(火)-1月20日(土)

日曜休廊

11:30am-7:00pm(最終日6:00pm)


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