藍 画 廊


菊池まり子展
KIKUCHI Mariko


菊池まり子展の展示風景です。



各壁面ごとの展示をご覧下さい。



画廊入口から見て、左側の壁面です。



正面の壁面です。



右側の壁面です。



入口横の壁面です。
以上の18点で菊池まり子展は構成されています。
作品はすべてキャンバスに油彩です。



左壁面、左端と左から2番目、3番目、4番目の作品です。
左から、タイトル「脱魂」でサイズ22.7×15.8cmです。
「テレキャスターの八月」で22.7×15.8cmです。
「安静」で22.7×15.8cmです。
「曖昧な狂気」で22.7×15.8cmです。



左壁面、左から5番目と6番目、7番目の作品です。
左から「Broken brown」で22.7×15.8cmです。
「喉元過ぎて」で22.7×15.8cmです。
「虚蔵」で22.7×15.8cmです。



左壁面、左から8番目と9番目の作品です。
左は「桃の思い出」で27.3×22cmです。
右は「西の男」で27.3×19cmです。



左壁面、左から10番目と右端の作品です。
左は「丑三つ波」で27.3×19cmです。
右は「膝大工」で27.3×22cmです。



正面の作品です。
「物忌み」で162×130.3cmです。



右側壁面、左端の作品です。
「水穀」で116.7×91cmです。



右壁面、中央の作品です。
「北枯で夜明けを待つ」で145.5×112cmです。



右壁面、右端の作品です。
「徘徊の八月」で116.7×91cmです。



入口横壁面、左端と中央、右端の作品です。
左から「道始めて開く」で33.3×24.2cmです。
「午前4時の返り討ち」で33.3×24.2cmです。
「青い味」で33.3×24.2cmです。

〈作家コメント〉

臓器が受容と拒否を繰り返すさまを画面上での濃淡のやり取りに見立てる。
暴走する欲求と歪んだ知性との不均衡。
欠乏への恐怖感が破滅を急がせる。
再び自らに問う。
足りぬことは本当に不利益なことなのかと。


菊池さんの絵画の多くはブルーを基調とした暗い油彩です。
暗いという言葉は一般に否定的に使われることが多いようです。
何故でしょうか。
恐らく、「明るい未来」に代表されるような進化、進歩の思想の影響があると思います。

わたしは「暗い」に否定的ではありませんし、むしろ惹かれることさえあります。
暗いは、昏い、冥いとも書きますが、この辺りの微妙な漢字のニュアンスも嫌いではありません。
例えば、「昏い部屋」とはある小説のタイトルですが、つい読みたくなってしまう表題です。
冥いも、冥王星や冥界など、宇宙や異界をイメージさせる深さがあります。

「暗い」がそのように多様な概念を持っているように、菊池さんの油彩も表情豊かで、深度があります。
画面は一般的な抽象画とはどこか違っていて、内面や天空の薄暗がりのを精緻に描写しているようにも見えます。
又、冥界への通路にも見えて、いたく想像力が刺激されます。

いつ頃だったか、コンビニの蛍光灯がとても気になったことがあります。
あのフラットで冷たく、異様に明るい光。
コンビニ普及とともに、世の中は明るくなる一方で、わたしたちは夜を失ってきました。
24時間営業の店やレストラン。
眠ることを知らず、暗がりも知らず、便利で快適な生活。
そこに忍び寄る、微かな不安。

私見では、菊池さんの絵画のテーマはその現代的、近代的な不安にあるように思えます。
暗闇を忌避した生活。
明るさに満ちた健康な日常。
陽と対になるはずの影(陰)が消えた世界。
不安は、そんな毎日に蓄積され続けていきます。

それにしても、菊池さんの暗がりは美しいですね。
忘れられた闇や夜が細部にわたって表現されています。
暗がりを取り戻す、そんな意志と暗闇への愛着が表れた絵画と思いました。

ご高覧よろしくお願い致します。

プライスリスト

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会期

2016年10月24日(月)ー29日(土)
11:30amー7:00pm(最終日6:00pm)


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