藍画廊

中野由紀子展
「つづく、とぎれる、ぼやける、また見える」
NAKANO Yukiko

中野由紀子展の展示風景です。



各壁面の展示です。



画廊入口から見て、左側の壁面です。



正面の壁面です。



右側の壁面です。



入口横の壁面です。

以上の9点が展示室の展示で、その他小展示室に1点、事務室壁面に1点の点があります。
作品の詳細をご覧下さい。



左壁面、左端、中央、右端の作品です。
左はタイトル「柳と塀」(カンヴァス・油彩)でサイズ1,620×1,300mm、
中央は「床に生える葉(夕方)」(カンヴァス・油彩)で1,620×1,300mm、
右は「網と薄い影」(カンヴァス・油彩)で1,620×1,300mmです。



正面壁面、左端、右端の作品です。
左は「丸いコンクリート、遠くの壁」(カンヴァス・油彩)で1,620×1,300mm、
右は「建物とふとんと生垣」(カンヴァス・油彩)で1,620×1,300mmです。



右壁面、左端、中央、右端の作品です。
左は「窓か壁、温室」(カンヴァス・油彩)で1,620×1,300mm、
中央は「遠くの網と熱帯の葉」(カンヴァス・油彩)で1,620×1,300mm、
右は「道路の黒と空き地の雑草」(カンヴァス・油彩)で1,620×1,300mmです。



入口横壁面、左側の作品です。
作品はすべて紙・ユポ紙・アクリル絵の具を使用で、サイズは可変です。
左から「ふとん」、「壁」、「ベニヒモノキか柳」、「網か何か」、「網」です。



入口横壁面、右側の作品です。
左から「生垣の葉」、「壁」、「網(日よけ)」、「ベニヒモノキか生垣の葉」、「網」、「ふとんか何か」です。

〈作家コメント〉
いつからか、日記のように何かを記録することから少し遠ざかっていることに気付き、日記のようなゆるやかにつづいているように絵を描こうと思いました。
その時はっきりしていても、時間とともに曖昧になっていったり、または誇張されて覚えていること、輪郭がはっきりしているけど、中身が曖昧のような、そのようなことを考えながら制作しました。


中野由紀子さんの展示は二つのタイプの作品で構成されています。
キャンヴァスに油彩の絵画と紙、ユボ紙、アクリル絵の具を用いた不定形の紙の作品です。
前回は多数の不定形の紙の作品を三つの壁面に展開させ、残る一つの壁面に絵画を1点だけ展示しました。
今回は逆で、F100号の大きな絵画8点がメインで、紙の作品は一つの壁面に留めています。
しかし、表現の方法と中身は同じで、いつもの中野さんらしいしなやかで瑞々しい作品になっています。

メインになる8枚の絵画は、中野さんの通勤路の風景を描いたもので連続しています。
ただし、その連続性はキッチリしたものではなく、夢の記憶のように曖昧な部分もあります。
又、1点の絵画として独立(自立)していて、単独の作品としても制作されています。
連続した絵画は多視点を用いた絵巻物仕様で、遠くのモノが大きく描かれていたり、目の動きに応じてモノの高低も自在に変えられています。
描画には記憶も大きく作用していて、脈略なく個別の風景が立ち現れています。

現実の風景というより、主観の風景といった趣がありますが、実は客観の風景というものは存在しません。
風景は見る者によって千種万様であり、その上、記憶のフィルターでそれも変化します。
西洋絵画を長らく支配したのは神の視点で、創造主の造形した風景が基本でした。
その延長に線遠近法(透視図法)があって、近代以降はその反動として中心のない画面が出現しました。

中野さんの作品に描かれたモノ(植物や網や建物やコンクリートや、その他諸々)には何かが宿っているような気がします。
日本の古の信仰にアニミズム(万物崇拝)がありますが、その宗教観に近いような作品世界です。
神様がそこやここに偏在していて、通勤途上の中野さんの視界に表れる。
霊魂(アニマ)の絵画だからアニメーションで、そこには動きもある。
まァ、これはわたしの空想的視点ですが、そうやって見るととても楽しいし、面白い。
風景が動いていて、生き生きとした絵画に見えます。
絵の素材は西洋ですが、伝統的な日本の絵巻を借りて、中野さんが独自な風景(空間)を作り上げたのが本展です。

ご高覧よろしくお願い致します。

プライスリスト1
プライスリスト2

2015年藍画廊個展
2016年藍画廊個展
2017年藍画廊個展
2018年藍画廊個展

会期

2019年7月15日(月)ー20日(土)
11:30amー7:00pm(最終日6:00pm)

会場案内