藍 画 廊
伊藤知宏展
"On the Amusement Park"
ITO Chihiro
伊藤知宏展の展示風景です。
画廊入口から見て、正面と右側の壁面です。
正面壁面の12点は同サイズ77(H)×77(W)cmで、パネルに布、ペンキを使用、
右壁面の1点は130×130cmで、パネルに布、ペンキです。
入口横右の壁面です。
170×170cmで、パネルにペンキを使用しています。
左の壁面です。
247×260cmで、パネルにペンキを使用しています。
以上の15点が画廊内の展示で、その他道路側ウィンドウに2点、芳名帳スペースに7点の展示があります。
左壁面の大きな平面です。
横幅がほぼ壁面と同じで、高さも2m半あり、壁面に立て掛ける形で展示されています。
この作品に限らず、展示作品された平面はすべて厚みがあって、箱状ともいえる形体になっています。
モノクロームで大胆に描画されたポートレイト(顔のアップ)。
口にナイフをくわえた男です。
この男、何者でしょうか。
こちらも正面壁面全体に組み合わされた平面です。
樽の上に乗った女性像で、上段が遠景、中段が中/近景、下段がクローズアップになっています。
青い地に、黒とグレーで女性と樽が描写された作品。
上げた右手には白い布が握られています。
左は上段の遠景で、右は中段の近景です。
しかしこの女性は何をしているのでしょうか。
謎です。
下段のクローズアップです。
横から見た頭部と手のアップですが、この角度から見ると、自由の女神のようなポーズですね。
右壁面の平面です。
ナイフの男と樽の女の謎は、この作品で解き明かされます。
といっても、この作品を見てすべてが氷解する人は少ないでしょう。
では、解説を。
展覧会のサブタイトルは"On the Amusement Park"です。
"遊園地にて"という意味ですが、上の作品は外から遊園地を描いた作品です。
画面中央下に橋があって、その向こう側と手前のラウンドした道の内側が遊園地の敷地です。
遊園地は都内にある豊島園。
橋の上に見える帆柱のようなものは、豊島園の名物、フライングパイレーツです。
ジェットコースターと同じような恐怖が味わえるアトラクションで、海賊船、商船の二隻が大スイングして、地上45メートルを急上昇・急降下します。
帆船の帆柱を模したと思われる鉄柱がスイングする船を支えていて、上部の柱の上に二つの物体が載っています。
その一つが、樽に乗った女性です。
女性が海賊を叱咤激励している姿(もしくは海賊に囚われた女性が助けを求めている姿)、でしょうか。
左壁面の顔のアップは、上部の柱の先端から吊り下げられている像が基になっています。
(両端に像が吊り下げられていますが、同じものかどうかは不明。)
像の正体は海賊の顔です。
喩えてみれば、瓦屋根の鬼瓦のような存在なのかもしれません。
ともあれ、モノクロームで仕上げられた遊園地の風景画。
展示の鍵を握る絵だけあって、見応え充分です。
伊藤さんのプラン(目論見)では、最後にこの絵を見て、すべてが一つに繋がるそうです。
入口横右壁面の作品です。
花は伊藤さんが好んで描くモチーフで、上は豊島園のハイビスカスです。
花弁の部分は抜いてあって(ペイントしてなくて)、ベニヤの木地を露出させています。
"On the Amusement Park"。
遊園地は楽しい場所ですが、伊藤さんの絵で再構成された遊園地も存分に楽しい空間です。
わたしは充分に楽しませていただきました。
伊藤さんによって採取された遊園地のイコン(像)。
その一つ一つは取りたてて目立つものでもなく、印象に残るものでもありません。
アトラクションのチープな添え物に過ぎません。
ウッカリと見落としてしまう、あるいは直ぐに忘れ去られてしまうようなものです。
さて、そのようなモチーフで、伊藤さんは何をしようとしているのか。
私見では、リアリティの獲得です。
伊藤さんのリアリティの獲得です。
絵画は、現実に分け入っていって、現実そのものを画面に生成するものです。
見せかけの現実から、真のリアルに触れるものです。
ところが今の世の中、リアリティを得るのが非常に難しい時代です。
掴んだと思ったリアルは、予め用意されたものであったり、直ぐにシステムに回収されてリアリティを失ってしまいます。
この手でリアリティを掴みたいなら、この手を使うしかない。
そう伊藤さんが思ったかどうか知りませんが、伊藤さんは自分の手を目一杯使っています。
これは比喩でもあり、実際でもあります。
プリミティヴでローテクな手作業を全開させています。
(ああ、これは前回展示の川口美穂さんと同じですね。)
若い美術家の常として、新手の技法や技術には目も向けません。
(そのようなものに飛びつくのは、存外年寄なのです。)
打ち捨てられた古くさい様式、形式を用います。
それに命を吹き込んで、現実に立ち向かう。
音楽に喩えれば、スリーコードのロックで立ち向かったパンクのように。
しかししかし、パンクの時代はまだ良かった。
世の中に隙間がまだ存在していたし、そこにリアルが見え隠れしていました。
システムも、今ほどは狡猾ではありませんでした。
話を伊藤さんの作品に戻しましょう。
時代遅れのスリーコードのパンカーは、リアリティを獲得したのでしょうか。
テーマを遊園地にしたのが正解だったようです。
楽しく遊んで、わたしを感動させてくれました。
(ああ、これも前回展示の川口美穂さんと同じですね。)
最後に個人的な感慨を。
今から去ること30年ほど前、酷い蒸暑さの中、わたしは寝不足でクルマを運転して豊島園に行きました。
着いた時、既に体調が悪かったのですが、お目当てだったフライングパイレーツから逃れることは出来ませんでした。
乗ってみると、案の定具合が悪くなって、後で子供向けのコーヒーカップに乗っても目が回る有り様。
それ以来、ジェットコースターなどのアトラクションはほとんどパスするようになりました。
今回奇しくも伊藤版フライングパイレーツに乗って(見て)、あの時のトラウマが解消されたような気分になりました。
ご高覧よろしくお願い致します。
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会期
2008年11月24日(月)-11月29日(土)
11:30am-7:00pm(最終日6:00pm)
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