iGallery's eye



iGallery's eye vol.6
伊藤知宏展 "Rakugaki"
テキスト

 

WebサイトのiGalleryは、iGallery's eyeという展覧会を企画してまいりました。
vol.5永冶晃子展に続き、vol.6として伊藤知宏展 "Rakugaki"を開催いたします。

伊藤知宏くん(と呼ばせてもらいます)の作品を見たのは、五年ほど前の西瓜糖でした。
アメリカ先住民(インディアン)を描いた絵画が壁面に展示されていて、作品について、二三質問した憶えあります。
図体のデカイ伊藤くんは、ボソボソと小さな声で、誠実に応えてくれましたが、肝心なことはサッパリ解りませんでした。
この当時からライブペインティングもやっていて、その躁的な活動と本人の静かな言葉のギャップは印象的でした。

それからしばらくして、藍画廊で個展をするようになると、親しい付き合いが始まりました。
話は美術から始まって、音楽、映画と、新しい話題(伊藤くん)と昔の話題(わたし)が面白く交錯しました。
とりわけ音楽では、伊藤くんはバンド活動を美術と平行して行っているので、とても刺激を受けました。
しばらく休んでいた音楽への興味が、伊藤くんによって再点火されました。

伊藤くんは西瓜糖をベースに、いろんなスペースで精力的に作品を発表してきました。
そして、今も動き回っています。
そういう作家の数は少ないのですが、その中でも、伊藤くんは希有な存在です。
戦略的があるように見えて不確かで、歩きながら、走りながら考えている風なのです。
何を考えているかといえば、世の中や世界、人間のことです。
それも、既製の文化にノーと言いながら、破裂しそうな頭で考えているのです。

アメリカの古典文学にケルアックの『オン・ザ・ロード』(路上)があります。
この小説の新訳が二年前に出たのを機に読んでみました。
ビートゼネレーションを生んだ小説、という知識しかなかったのですが、読んで驚きました。
その後の時代の、ヒッピー、パンク、ヒップホップ、グランジなどのカウンターカルチャーの原点だったのです。
『オン・ザ・ロード』自体はメインカルチャー(純文学)ですが、そこから偉大なサブカルチャーが生まれたのです。



ケルアック自身の実像は、意外にも保守的なカソリック教徒(後に仏教に入れ込む)ですが、その実在の交友関係を基にした小説は破天荒です。
主人公は語り手の小説家サルと永遠の放浪者ディーンで、ストーリーはクルマとヒッチハイクによる数度の大陸横断です。
題名通り、舞台は路上を中心に展開されます。
人物造形で何と言っても面白いのは、『正業につかず、なにをやっているんだかわからない、ぶらぶらあそんでいるやつ』であるディーンです。
昔の日本語でいえば与太者、今の言葉で言えばパンクな輩がディーンです。

『正業につかず、なにをやっているんだかわからない、ぶらぶらあそんでいるやつ』は美術家やミュージシャンの、いわば専売特許ですが、ディーンはその上を行くビートな奴。
溢れんばかりの生命力と直線的でスピーディーな行動力、そして多くの人を惹きつけるカリスマ性。
バップ(当時流行ったジャズ)のリズムにノッて、疾走するディーン。
アメリカの黄金の1950年代と管理社会に背を向け、ディーンの自由に思考する身体はカウンターカルチャーそのものです。

この本を読んで興奮したわたしは、早速伊藤くんに薦めました。
直後にアーティストレジデンスで渡米した伊藤くんは、何と、アメリカでも『オン・ザ・ロード』を薦められたのでした。
伊藤くんらしく、いきなり原書で読み始めたそうですが、今は読了したのでしょうか?

さて、ディーンは最高にイカれた奴ですが、お友達にしたい人ではありません。
それに『オン・ザ・ロード』の本当の主人公は、語り手である小説家のサルです。
破天荒なヒップスターは、ある時代のある地方に突発的に現れますが、彼らは必ずしもアーティストというわけではありません。
生き方自体が憧れであって、一瞬にして、時代を走り抜けていきます。
アーティストとは、その彼らの生きた思想を、自らの表現に昇華する職業の人を指します。
確たる技術で記録して、世に知らしめるのが、アーティストの使命なのです。

というわけで、わたしが『オン・ザ・ロード』を薦めたのも、アメリカのアーティストが『オン・ザ・ロード』を薦めたのも、同じ理由です。
伊藤くんに、サルになって欲しかったからです。
もしくは、その昔にディーンのような人間がいて、サルのような人間がいて、現在の自分がいることを知って欲しかったのです。



伊藤知宏展のサブタイトルは"Rakugaki"です。
日本語の落書きですね。
ローマ字にしたのは、それなりに理由(わけ)があると思いますが、無視して話を進めます。
落書きとくれば路上のグラフィティで、グラフィティとくればヒップホップです。
が、伊藤くんの意図はヒップホップの落書きではありません。

伊藤くんの落書きとは、アンチアカデミズムのことで、権威的な芸術のシステムや教育に対してです。
わたしはそう想像しています。
ヒップホップも同じような意図がありますが、あくまでも伊藤くんが絵画に拘っているのが大きな違いです。
グラフィティは、メッセージですから。

今まで伊藤くんは各所で落書きを敢行してきましたが、恐らく最高な落書きは、昨年末の藍画廊での落書きです。
建替え移転で、すべての展覧会が年末に終わった藍画廊。
転居まで後数日を残すのみ。
許可を得て、真っ白な藍画廊の壁に落書きを始めた伊藤くん。
非公式な展示で、それはまさに勝手な落書き。
引越の騒動を背に、一心不乱に、壁にドローイングを始めました。
寝袋持参で、二泊三日の突貫作業。

完成した落書き(壁画)は、それはそれは素敵な花(華)の絵
最後の最後に、京橋の藍画廊に花(華)を咲かせて、葬ったのでした。
もちろん、取り壊された藍画廊に、その絵は残っていません。
路上に咲いた花は、又、路上に咲くでしょう。

さて、伊藤くん。
今度はどんな"Rakugaki"を残してくれるのでしょうか。

2009年7月 iGallery ふくだ まさきよ



iGallery's eye vol.6 展覧会のご案内

京橋藍画廊最後の展示/YouTube
作家Webサイト
2005年藍画廊個展 2006年藍画廊個展 2007年藍画廊個展 2008年藍画廊個展 京橋藍画廊最後の展示

同時開催の展覧会

伊藤知宏個展 in OFFICE 「On_the_246そこにあるものをえがく」
7月6日(月)ー18日(土)
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