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探偵物語(60)


探偵物語(59)の続き

何枚かの写真を撮り終えると、都庁の駐車場に戻って、クルマを駐車場から出しました。
さて、これからダイナマイトシティに戻るか、それとも都内のどこかに出掛けるか。
今日の調査は資料の確認だけでしたから、事務所に戻っても仕事がありません。

東京は春の陽気。
わたしはクルマを都心に向けました。
久し振りに、銀座に行ってみたくなりました。

都庁から甲州街道へ抜け、新宿、四谷と通り過ぎたころ、空模様が怪しくなり始めました。
青空の何処からか灰色の雲が現れ、雲は次第に色を濃くしていきます。
皇居の半蔵門に差しかかった時、ついに、フロンガラスに雨滴が当たりました。
銀座に入ると、コインパーキングに駐車して、トランクから傘を取り出しました。

雨は、本降りにはならず、断続的な霧雨模様です。
傘を差したり畳んだりしながら、目的もなく、銀座の街を歩き始めました。
疲れたら、どこかで美味しいコーヒーでも飲むつもりです。



銀座の二丁目の、表通りから右に(有楽町方面に)折れた通りでした。
話題になったミキモトのビルを眺めていたら、このビルが目に入りました。
(ミキモトの隣りの隣りでした。)
新宿の繭のビルほどは異形ではありませんが、上のビルも常識的なビルの意匠からは外れています。

ビルの前面が、複雑に波打っていますね。
屋上から下に真っすぐ降りている、五本のスティールのラインが強烈です。
あたかも特殊なレンズを装着して見たような、ビルの光景です。



上ばかり見ていたので、このビルがどんな商業ビルなのか気が付きませんでした。
改めてファサードを見ると。



「De Beers」とサインがあります。
宝飾店のようですが、不案内なわたしには分かりません。
これ又、自宅に帰って調べると、De Beersグループは南アフリカのダイヤモンドの採鉱、流通、加工、卸売、及び小売会社です。
有名な、「ダイヤモンドは永遠の輝き」というキャンペーン(PR)をした会社だそうです。

ついでに設計も検索してみると、光井純&アソシエーツ建築設計事務所が担当しています。
地上11階地下2階の商業ビル(デビアス銀座ビルディング)で、デビアスは地下1階から地上2階に入居しています。

昔勤めていた探偵事務所が、銀座にほど近い所にありました。
銀座界隈には詳しくはありませんが、疎くもありません。
それにしても、久し振りに寄った銀座は変わっていました。
ブランドのビルが林立しています。
それこそ意匠(衣装)を凝らして、並んでします。
人通りも以前に比べると、多い気がします。


デビアス銀座ビルディングの側面です。
パネルかタイルを格子に貼り付けたようなデザインです。
銀座のブランドビルを幾つか見ましたが、ミキモトを除けば、新奇度ではこのビルが一番です。

わたしはいつも、事務所のあるK市かダイナマイトシティで探索をしています。
プライベートな街の探索です。
これらの街には、旧奇はあっても新奇の建物はほとんどありません。
あったとしても、パチンコ店のド派手な新奇の類いです。
(都心の新奇とパチンコ店の新奇に違いがあるかといえば、実はあまりないのですが。)

わたしは、死んだような建物や、年月が染み込んだ建物に興味がわきます。
実用一点張りの工場や倉庫にも、目が行きます。
かといって、華やかな新奇も嫌いではありません。
それはそれで、目を楽しませてくれます。
ただ、わたしの探しているモノはそこにありません。
失ったモノを映す鏡のような役割だけは、果たしてくれます。

歩いているうちに、いつしか雨はすっかり上がり、青空が少しずつ戻ってきました。
裏通りに入ると、小さな喫茶店が忘れられたように佇んでいます。
ここで、一休みです。
いつものように、肩の力を抜いて、コーヒーの香りに身を任せました。



銀座四丁目の交差点、和光です。
改装中でメッシュの覆いに包まれています。
ブランドの新奇を見た後には、ホッとするような光景です。
しかし、それは錯覚かもしれません。
この和光のようなビルこそ、銀座の新奇の元祖だからです。

日本の風土の必要性から離れ、意匠も風土とは縁もゆかりもない借物。
竣工当時は、それこそ銀座の新奇であったことでしょう。
和光というブランドも、いってみれば(当時は)ブランニューなブランド。
商業ビルですから、新奇が悪いわけではなく、新奇であることの方が正しいでしょう。
その使命を果たし、今は古き良き銀座のシンボルとして、四丁目に在ります。
(中国伝来の日本の寺は、新奇な建物の元祖でした。今は古き良き日本のシンボルです。)

そして、屋上にそびえる時計台。
これこそが明治以降の生活の新奇であり、人から時の移ろいを奪った装置です。
正確にいえば、リストウォッチの普及と共に、人は時間の奴隷になりました。
和光を経営しているのは、ご存知の通り、腕時計で有名なセイコーです。


そんなこととは関係なく、四丁目の交差点を人は流れていきます。
わたしも交差点を渡り、駐車したコインパーキングに向かいます。
霞が関から首都高に入り、そこからはダイナマイトシティまで一直線。

途中の新宿で、再び大きな繭を見るかも知れません。
そういえば、その昔の映画『モスラ』で、巨大な幼虫が初台辺りを通りました。
結局、東京タワーで繭作りを始めるのですが、初台は新宿のすぐ近く。
これは、何かの縁でしょうか。