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探偵物語(59)


最近は日帰りの出張が多くなりました。
交通の高速化と交通網の発達で、一昔前だったら一泊の場所が、その日のうちに行き来が可能になりました。
お陰で、出張にかこつけての旅行気分はまるでなくなりました。
仕事を終えたら直ぐその足で、クルマを走らせたり、駅や空港に直行してしまいます。

今日は東京出張。
ダイナマイトシティから都心まで、クルマでも電車でも一時間半で着いてしまいます。
今や東京辺りでは出張のうちに入りません。
調査の時間に余裕のある時は、逆に、東京出張の方がノンビリできます。
一応出張費が請求できますから、あくせくせずに仕事をこなせますし、余った時間に都心をブラブラすることもできます。

それにしても、東京や関東周辺への出張が増えました。
調査対象者がそれだけ動いている証拠です。
人の流れが、ここ十年で目まぐるしくなりました。
人は、気軽に移動していて、それは国内のみならず外国にまで及んでいます。

新宿の都庁で仕事を終えると、遅い昼食を庁内の食堂でとりました。
職員の食堂ですが、来庁者も利用できます。
というより、他に食事をする場所が見当たらないので、選択の余地がありません。
安いのが取り柄で、セルフサービスですから待たされることもありません。

食事を終えて外に出ると、春の陽射しが高層街に降り注いでいます。
駐車場に戻らずに、少し歩きたくなりました。



確か、京王プラザの前の陸橋からの眺めだったと思います。
JR新宿駅方面に異形のビルが建築中です。
画像の下の道路が駅に通ずる道ですから、駅の直ぐ前に建っていることになります。
はて、何のビルでしょうか。

陸橋から周囲を見渡せば、超高層が林立しています。
いずれも形や色に工夫を凝らしていますが、ビルの常識的な意匠に留まっています。
異形のビルは、何とも目立つ意匠(衣装)を纏(まと)っていることでしょうか。



好奇心にかられたわたしは、陸橋を降りて、ビルの方に向かいました。
なぜかは知りませんが、あの異形を確かめたい気持ちがヒートアップしています。
調査の核心に迫った時のような、胸の高鳴りを覚えました。

気持ちを静めるように、ここ新宿副都心に思いを巡らしました。
最初の記憶は、淀橋浄水場跡にそびえる京王プラザホテルです。
当時日本一の超高層で、47階だったと思います。
展望階に上って、お上(のぼ)りさんよろしく、都心を一望した憶えがあります。

その後に、幾つかの超高層ビルが建ち、いつしか新しいビルの名前も覚えなくなりました。
異変が起きたのは、都庁とその向かいに建った新宿パークタワーの超高層です。
共に丹下健三の設計で、特に都庁はSF映画の悪の要塞のような意匠で、話題になりました。
時はバブル末期の1990年代初期です。

それ以降でいえば、JR新宿駅西口から少し離れた南口のNTTドコモのビルが話題になりました。
ポストモダンなのかどうなのか分かりませんが、何かを模したような意匠が摩訶不思議でした。



異形のビルの、ほぼ全景です。
これが10階程度のビルならば、さほど驚きませんが、超高層です。
縦横斜めに走るリボンのようなパターン。
それとは対照的な、グリッド(格子)の側面。
最上階付近には、バッジのような楕円の窓も。

真下まで行くと、「建築計画のお知らせ」が掲示してありました。
ビル名はコクーンタワーで、建築主は東京モード学園。
地上50階の地下4階、設計は丹下都市建築設計。

自宅に帰ってからWebで調べると、コクンタワーには東京モード学園と系列のITとメディカルの専門学校が入居する予定です。
専門学校三校で、この超高層。
大学も高層校舎の時代ですが、50階建の専門学校とは。
少子化の時代、攻めの経営で生き残りを計るということでしょうか。
(そういえば、新宿近くの代々木ゼミも超高層を建てたとか。)

コクーンタワー。
コクーン、繭ですね。
幼虫が口から糸をはき出して作る覆い、すなわち、モードでありファッションです。
成程ね、目立つ意匠(衣装)のはずです。
(丹下健三死すとも、丹下都市設計は健在のようです。)

探偵事務所に勤務していたころ、仲間内で探偵養成学校設立の話が出たことがあります。
酒の席での話ですから、半分は冗談です。
かなり具体的な話(銀行からの融資とか)まで進んだのですが、結局は世間の探偵のイメージに、学校がそぐわないことでポシャりました。
小説などの探偵には、ある時期から、社会の落後者のイメージが強くあります。
わざわざ学校まで行って、落後者になる酔狂な人などいないからです。
あの時、探偵のイメージを刷新できるアイデアがあったなら、今頃はコクーンタワーに入居していたかもしれませんね。

戯れはともかく、京王プラザが孤高の時代、西口には文化服装学園の円形校舎が建っていました。
甲州街道を挟んだ前には、東京ガスのガスタンク。
それがランドマークでした。
前者は大学を含む学園ビル群になり、後者は前述の新宿パークタワーです。
1970年以降、都心で最も変貌した街は、この新宿西口に違いありません。

探偵物語(60)に続く