井上誠展
- なごり -
INOUE Makoto
井上誠展の展示風景です。
各壁面の展示をご覧下さい。
画廊入口から見て、左側の壁面です。
正面の壁面です。
右側の壁面です。
入口横の壁面です。
以上の11点で井上誠展は構成されています。
作品の詳細をご覧下さい。
左壁面、左端、左から2番目、3番目の作品です。
左はタイトル「すきま」(パネル、和紙、ペン)でサイズ420×297mm、
中央は「しらべ」(パネル、和紙、ペン)で257×182mm、
右は「むかえ」(パネル、和紙、ペン)で182×257mmです。
左壁面、左から4番目、右端の作品です。
左は「あくる」(パネル、和紙、アクリル絵の具、岩絵の具)で455×455mm、
右は「とまり」(パネル、和紙、アクリル絵の具、岩絵の具)で652×530mmです。
正面壁面の作品です。
「いとま」(パネル、和紙、アクリル絵の具)で594×841mmです。
右壁面、左端、中央の作品です。
左は「まにま」(パネル、和紙、アクリル絵の具、岩絵の具)で910×727mm、
右は「ほのめく」(パネル、和紙、アクリル絵の具、岩絵の具)で728×1030mmです。
右壁面、右端の作品です。
「よい」(パネル、和紙、アクリル絵の具、岩絵の具)で910×652mmです。
入口横壁面、左端、右端の作品です。
左は「あと -あかり-」(パネル、綿布、アクリル絵の具)で530×420mm 、
右は「あと -きせつ-」(パネル、綿布、アクリル絵の具)で455×455mmです。
<作家コメント>
漂う金魚と、その周囲の文様の間には互いを遮る朧げな境界が存在しています。
「集団の中にいながらも時折感じる言い知れない孤独」を表現できればと思っています。井上さんの作品の構造は、絵画の地としての紋様、中間の和紙、図としての生物、植物という三層になっています。
和紙は紋様を実際に包むような仕様になっていて、その上に生物や植物が描かれています。
この薄い紙が「境界」として存在しています。
自己と集団(他者)を遮るものです。
それは観念的な「境界」だけではなく、絵画の「境界」としても重要な役割を果たしています。
背景(紋様)の色合いは、和紙独特の透明感が生み出しています。
主なモチーフになっている金魚は人間が手を加えた(突然変異を利用した)、半ば人工の生物です。
人工の美を愛でる愛好家によって生まれ、育った魚です。
その金魚が孤独のメタファーとして描かれているのは、納得です。
わたしたちも自然から離れた人工的な生活を送っているからです。
社会というのも、人工的な概念です。
その大本になっているのは、近代国家です。
明治時代になるまで、国家(=日本)という概念はほとんどありませんでした。
それまで国といえば、藩で仕切られた地域のことでした。
おらが故郷(くに)が、国(くに)でした。
そしてそこでの集団は世間で成り立っていました。
世間には孤独はありません。
誰もが共同体に属していて、良くも悪くも一蓮托生だったからです。
共同体から外れる時は、村八分のような掟によってです。
近代が生み出した孤独は、薄い和紙で隔たれているような、ソフトな一面を持っています。
孤独の正体が曖昧で、絶望的な寂しさの反面、ある種の心地良さがあります。
井上さんの絵画には、そのアンビバレントな孤独の面が巧みに表現されています。
入口横壁面の2点は和紙を使わず、白色の重ねとスクラッチ(擦り)で地を作っています。
図の精緻な照明器具やカボチャの描写がモダンで、新たな絵作りです。
このシリーズがどう展開するか、興味津々です。
ご高覧よろしくお願い致します。
会期
2021年11月1日(月)ー6日(土)
11:30ー19:00(最終日18:00)
会場案内