北澤孝幸展の展示風景です。
画廊入口から見て、正面と右側の壁面です。 左から、 作品サイズF100で、キャンバスに油彩、 F4で、紙にアクリル(額装)です。 |
|
入口横右の壁面です。 F4で、紙にアクリル(額装)です。 |
|
|
左側の壁面です。 F100で、キャンバスに油彩です。 |
以上の四点が画廊内の展示で、その他芳名帳スペースに一点の展示があります。
左壁面の作品です。
深い緑が、十字のような形をとっている作品です。
間近で見ると筆致が生々しいのですが、離れて見ると透明感のある画面です。
溜息が出てしまうような、美しい画面です。
正面壁面の作品です。
こちらは深い青紫です。
色の美しさは、上の作品と甲乙つけがたい感じです。
アクリルで紙に描いた、小品二点です。
油彩作品と趣が異なりますが、密度の高さは同じです。
北澤さんの作品は二十年以上前から拝見していますが、作風はほとんど変わっていません。
頑固というより、自分の道が当初からハッキリしていて、迷わず進んでいます。
いや、進むという言葉は語弊があって、歩いているといった方が良いかもしれません。
自分の道を迷わず歩いている。
そういう作家です。
モダンな絵画ですが、古くささがありません。
クールですが、冷たくはない。
要素は少ないのですが、奥が深い。
何よりも、美しさが突き抜けている。
北澤さんの絵画は、美しい。
なぜ美しいかといえば、色も構造も安定しているからです。
ものすごく、安定している。
その安定を言葉に置き換えれば、中庸(ちゅうよう)が相応しいと思います。
中庸とは、片寄りのないことです。
俗な表現では「普通」になりますが、「普通」を研ぎ澄ませると、このような美しい絵画になります。
「普通」は奥が深くて、進歩しません。
進歩などする必要が、ないのです。
北澤さんの絵が、そう語っています。
絵は、十字路の形になっています。
もちろん、北澤さんは十字路を描いているわけではありません。
しかし、わたしはそこに十字路を見てしまいます。
生と死が行き交う十字路。
交わる場所は、一層深い色で描かれています。
そこが「普通」の原点のような、気がするのですが。
ご高覧よろしくお願いいたします。
2002年藍画廊個展
作家Webサイト