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「探偵物語(83)」


街は休むことなく変わっています。
不景気の世の中でも、新たな店舗が出店したり、住宅が建てられています。
他方で、長い間棄てられた住宅や店舗も存在します。
街で目を引くのは当然新しい建物ですが、ごく普通の建物にも興味深いものがあります。

先日のことです。
例によってカメラ片手に街を個人的に探索していると、美しい配色の建物が目に入りました。
店舗のようですが、シャッターが閉まっていて、既に廃業しているのかもしれません。
小さな建物で、ごくごく普通の建物です。
わたしは壁のピンクとその周辺の配色に目が留まりました。



手前の建物の濃いグレーの柱もなかなかですし、本来なら邪魔な中央のポール(標識)もアクセントになっている。
とても個人的な感覚なので、自信はありませんが、偶然が生んだ配色の美と思っています。
看板などがないので、もしかしたら廃業して、その後住居として使用しているのかもしれません。
こういう中途半端な古さ(大多数の建物がそうですが)の中で、ひっそり隠れているようなものを見つけた時は、何となく嬉しくなります。

その昔に、電柱を専門に撮影している人がいました。
その写真を基に美術作品を作っていて、画廊などで発表していました。
東京の探偵事務所に勤務していた時、仕事中に偶然それを見て、驚いた経験があります。
しかもその人は女性でした。

なんで電柱など撮るのだろう。
その疑問はずっとわたしの頭の隅に残っていました。
今その疑問は解けています。
自分で街を探索していて、電柱の美しさに気が付いたからです。



これはトランスなどが付属していない、シンプルな電柱ですが、多くの電線が縦横に走っています。
電線の色も黒一色ではありません。
これが美しいか?
そう思ってらっしゃる方も多いと想像します。
その昔のわたしのように。

どこがどのように美しいか説明できませんが、ふと見上げて、そこに電柱があれば、(プチ)感動してしまいます。
電柱には背景が重要で、その日の天候によって、美しさの度合いが異なります。
美しさだけではなく、その表情も変わって、電柱の多面性に感心することさえあります。
もちろん、普段は電柱などには目もくれませんが、カメラを手にすると気になるのです。



画面がガラッと変わりました。
これはダイナマイトシティの駅前近くですが、風景が空漠です。
漠然として捉えどころがなくて、何もないのです。
風景の中に核となるような、何かに欠けているのです。

最近こういう風景が増えています。
道があって、建物があって、標識や看板もあるのに、何もない。
クルマも走っているし、人も歩いている。
それなのに何もない。
地方都市に多い現象で、特に再開発地域に多く見られます。



この風景は道路とホテルの建物を撮ったものですが、ここにもなにもありません。
美しく整備されているのに、その美しさに内容がないのです。
どうしてなのかと考えたら、風景に人が不在だからです。
人が作り出す偶然性や過剰や過小がなくて、計画だけがあるからです。
それは新しさだけの問題ではありません。
どこかに人が不在の、画一性があるのです。
その画一が、空漠となって、風景を捉えどころのないものにしているのです。

昨今の都市計画や再開発には電柱がありません。
地下に電線を埋め込むからです。
そのお陰で見通しのよい風景になり、空が広々としました。
しかしそれと引き替えに、空漠が生まれたような気がします。
あのどうでもよいような人工物の電柱が、縦横に走る電線が、風景の何かの役目を果たしていたのです。
これもとても個人的な感覚なので、自信がありませんが、わたしにはそう思います。

「探偵物語(84)」に続く