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「探偵物語(71)」


探偵の仕事は探すことですが、本来は警察の職分に該当するものもあります。
警察に届けずに探偵を頼るのは、依頼者にそれなりの都合があるからです。
今回の事案もそれで、依頼者には警察に訴えられない事情がありました。

男が突然姿を消したのは昨年の末でした。
男は地方で名の知れた建設会社の専務取締役で、男が属している家柄も名家とされていました。
会社は同族経営で、社長は男の従兄弟でした。
問題は、消えたのが男だけではなかったことです。
会社の裏金約一億円が、一緒に消えたのです。

これが表沙汰になったら、刑事訴追を受ける上に、一族の名誉も汚されます。
内々に調査して、内々に処理することが望まれます。
そうなると、探偵に声が掛かります。

さて、男はどこへ逃げたのか。
調べ始めると、呆気なく逃亡先が判明しました。
男のパソコンのメールに、旅行代理店とのやりとりが記録されていたのです。
行き先はハワイで、同伴者に女が一人。
航空券は往路だけの片道切符で、ファーストクラス。



依頼者(会社の社長です)と協議して、調査はハワイの探偵事務所に委託することになりました。
探偵事務所のネットワークは国内外にあって、簡単なものは電話やメールで調査を依頼します。
今回はわたしの方でハワイまで出向き、調査の内容を詳細に説明して、委託することにしました。
何分秘密を要する調査なので、手間を惜しむことは許されません。

仕事、といってもハワイです。
この厳寒の時期に常夏のハワイ。
わたしはイソイソと旅行の準備を整え、成田に向かいました。
フライトは六時間弱、あっという間にホノルルに到着し、空港からタクシーで委託先の探偵事務所に向かいました。

事務所は市内のダウンタウンの瀟洒なビルの二階にあり、所員も六名ほどいる大きな所帯です。
所長は日系の人ですが日本語は話せません。
所員に同じ日系で日本語が堪能な人がおり、彼が調査を担当することになっています。
応接室で所長と担当所員に調査の内容と事情を説明し、今後の連携を打合わせました。

それでわたしの用は、とりあえず終りです。
土地勘のない所で動いても仕方ありませんし、後は連絡を待つだけです。
事務所でタクシーを呼んでもらい、予約したワイキキのホテルに向かいました。
予定では、ホノルルに四泊することになっています。
その間に進展がない場合は、帰国して連絡を待つことになっています。



というわけで、ホテルの近くのワイキキビーチです。
典型的なワイキキの浜の絵柄で、向うに見えるのはダイアモンドヘッドです。
ま、今回のような調査は気が楽です。
なぜなら、失踪した男のことを誰も心配していません。
女と逃げた男を、家族も親戚も会社も心配していません。
心配なのは消えたお金と、己の保身だけ。

恐らく一ヶ月のしないうちに、男の居場所は判明すると思います。
(わたしの勘では)ハワイの探偵事務所は相当に優秀で、調査のルートを表裏何通りも持っています。
いずれその網に男は掛かるはずです。
男が何を考えているか分りませんが、最終的に男と依頼者の取引になります。
それがどのようなものになるかは、わたしの仕事の範疇外です。



ホテルでスーツからTシャツと短パンに着替え、携帯電話を持ってワイキキのビーチに出ました。
これがあればホテルに居る必要もなく、ハワイの探偵事務所からの連絡を受けることができます。
ハワイは初めてです。
それで、飛行機の中でガイドブック(『地球の歩き方』)を読みながら少し勉強しました。
驚いたのは、わたしたちが抱いているハワイのイメージが、ここ100年ばかりで作られたものだということです。

ハワイ諸島に東南アジアを出自とするポリネシア人が上陸したのは、六世紀ごろといわれています。
ハワイが大きく変わったのは、1778年のクック船長の<発見>以降です。
それまでのポリネシアの文化が急激に近代化され、20世紀に入ってから、ハワイは観光地、リゾートになりました。
わたしたちがハワイの象徴と思っているフラダンスもアロハシャツもスティールギターもウクレレも、み〜んな最近のものなのです。
(あの激しく腰を振るフラダンスはタヒチアンダンスです。)
そしてこのワイキキにホテルが林立したのは、その20世紀も後半のことだそうです。



わたしがいるハワイは、太平洋の楽園です。
しかしそれは、白人(アメリカ人)のイメージで作られた幻想の楽園にすぎません。
ガイドブックに、そうハッキリと書いてあるのです。
そして今、その楽園の主なゲストは、日本人です。
この奇妙なネジれた関係に、わたしは興味をそそられました。

探偵物語(72)に続く