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「探偵物語50」


一般的な調査は、最後の報告書を調査依頼者に渡して終りです。
それから調査依頼者と会うことは稀です。
街ですれ違っても、軽い会釈で済ませることにしています。
人にはそれぞれ事情がありますから、関係もそれなりにと思っているからです。

八年前、県の南部の町から一人の老人がやって来ました。
依頼内容は音信不通になっている兄弟の所在調査でした。
一ヶ月ほどの調査で所在が確認され、わたしの仕事は終わりました。
しかしその後、老人は定期的に事務所に姿を見せるようになりました。

年に数回の訪問で、いつも手土産持参です。
わたしの手の空くのを待っていて、それから一時間ほど雑談して帰ります。
大概はK市に用事があって、ついでにわたしの事務所に寄るようです。
温厚な人柄の老人で、わたしを話し相手として気に入ったようです。
わたしも老人の話しが好きです。

お茶を入れて、手土産の饅頭を戴きながら、とりとめのない話を続けます。
仕事の休憩として、ほど良い一時です。
老人の住んでいる町は、日蓮宗の総本山のあるM町で、老人はそこで下駄を商っているそうです。
せっせと下駄を作り、それを本山の寺に納めるのが主な収入のようです。

先日の休みのことです。
わたしは急に老人のことを思い出しました。
今年の春先、老人からM町に一度遊びに来ないかと誘われました。
何でも本山で大きな行事があるそうで、是非家に来てくれとのことでした。
生憎仕事の都合で行けそうもないので、その時は辞退しました。

今日は予定もないし、M町まで行ってみようか。
偶(たま)にはお寺参りも悪くはありません。
クルマで一時間ほどの距離ですし、昼に出ても充分余裕があります。
細かな用事を済ませると、わたしはクルマのキーを捻って、走り出しました。



M町の本山の門前町に老人の店があります。
事務所の書類から書き写した住所を頼りに探すと、門前町の入口にその店がありました。
ところが、老人は留守で、店の机に携帯の電話番号が記してありました。
老人は病院に行っている様で、用事があれば直ぐに帰ってくるとのことです。
前もって連絡した訪問でもありませんから、持参した土産を置いて本山の寺に向かいました。
今日の第一の目的は、本山の寺にお参りすることだったからです。
お邪魔するのは次の機会にして、帰宅後に老人に電話することにしました。

日蓮宗の総本山である寺には287段の階段を登ってお参りします。
立派な山門を通って境内に入ると、石畳の参道があり、その先に階段が見えます。
上の画像の左が、階段の入口です。
中央の赤い橋は、迂回路で、階段が無理な人はこちらから参拝に向かいます。

階段の段数はさほどでもないのですが、勾配が急なのと一段の高さが高いので、結構しんどい上りです。
約50段づつに踊り場があるのですが、そこで息を休めないと次に進めません。
地方の探偵はクルマが足なので、足が商売にもかかわらず運動不足です。
わたしは街の探索で歩いていますが、専ら平地専門です。
息を切らせながら、やっと本山の寺に辿り着きました。



とここで、本山の寺の写真が載るのが普通ですが、残念ながらわたしは普通ではない。
カメラを向ける対象が偏っている。
荘厳な寺院よりも、木の柵の方に興味が行ってしまうのです。
階段を上った先は、幾つも寺院や施設がある広い境内です。
本堂に参拝し、ベンチで一服した後、迂回路の道に進んで下り始めました。
迂回路は男坂と女坂があり、緩そうな女坂を選んで歩き始めました。




しばらく下ると、お堂があって、その前に白い木のベンチがありました。
その向こうには石の献橙が。
普通の人はこれを見ても何も感じないでしょう。
ましてや、写真なぞ撮ろうと思わないでしょう。

しかし、わたしは何かを感じたのでした。
山の、寺の、霊気に触れて、何かを感じたのでした。
(というほどのことでもないが、この先は次回に・・・・)。

「探偵物語51」に続く