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探偵物語(43)


前回の続きです。

元の交差点から一区画左に戻ってきて、地図帳を取りだし、住所を確認しました。
今いるのは、広大なスーパーマーケットの駐車場の前です。
地図帳には、このスーパーは記載されていません。
地図帳が古いというより、スーパーが最近出来たのです。

住所をあたると、スーパーの奥の方に位置しています。
道路を横断して、駐車場を進んで出口まで行き、一旦スーパーの敷地を出ました。
スーパーの敷地沿いに道を進むと、住所にあたる場所に出ました。



そこは、スーパーの立体駐車場の出入口でした。
ここに戦友が住んでいた家があったはずですが、今は跡形もない。
スーパーの土地買収で移転したのか、それともそれ以前になくなったのか、今は不明。

こうなったら、近隣の古い家を探して、その辺りの事情を尋ねるしかありません。
再び地図帳を取りだし、住宅の多い方角に足を向けました。



水田の向こうの新興住宅街。
多分、この辺りに農家が残っているはずです。
布団が干してある家の前に道があって、わたしはその道を奥に進みました。

水田の横に畑があり、タマネギや温室のトマトが栽培されていました。
その先に、思った通りの古い農家がありました。
事情を説明して、戦友の家のことを訊くと、十年ほど前に土地を売って移転したとのこと。
戦友は、その二年前に亡くなっていました。

これで、わたしの仕事は終りです。
九州の探偵事務所にとっては残念な結果ですが、よくあることです。
違う糸を辿って、探すしかありません。
糸は何本もあって、最後の糸が当たりである場合も、少なくないのです。

しかし、この落着きのなさは何だろうか。
何がわたしの足許を浮かせているのか。
今度は、わたし自身の仕事です。
もちろん、プライベートな仕事ですが。


古い農家の先にあった、エステサロン。
新興の商業地らしく、新築の店舗がアチコチにあります。
スーパーの周りは一応店舗が並んで建っていますが、少し外れるとこのような様子です。
駐車場には「テナント募集」の立看板。
もしかして、エステサロンは既に廃業したのでしょうか。

歩き回って目に付くのは、住宅のモデルハウスです。
一箇所に固まっている場合もあるし、住宅に混じって建っている場合もあります。
商業地を囲むように住宅を建てるのが、不動産業者の思惑に違いありません。

その一件に、こんなキャッチコピーがありました。
「夢見ていた家に、住む夢を見る」。
前半の夢は夢想の夢で、後半の夢は現実になりつつある夢のことです。
正直にいえば、わたしの住みたい家はモデルハウスの中にはありません。
ではどんな家かといえば、答えられません。
住みたかった家の夢をなくして、それから夢をみることがなかったからです。



モデルハウスに備わっているような家具を売る、家具店。
大きな家具店で、スーパーマーケットと並ぶ地域のキーショップです。
ここで、わたしの落着きのなさは頂点まで達しました。
なぜだろうか。
わたしは考えました。

たしかに、白い陽光の所為もあるかもしれない。
この光は、足許を覚束させない。
初夏の悪戯か。
でも、違う。
それは単に増幅させているだけで、真の理由は他にあるはずです。

ここでわたしは、ハタとあることに気が付きました。
この町の、名前です。
日本全国にあると思われる、この町の名前は昭和町。
そう、昭和にできた町(村)なのです。

昭和という時代は、光と影のある時代でした。
激しく動いた時代でした。
しかし、その最後は影のない時代でした。
1989年、昭和の終りはバブルの末期で、影のない時代でした。
あの浮かれた明るさが、彩度を失って、平成へと突入して陰影のない時代に続きました。

この町には、影がない。
わたしが落ち着かない、結論です。
アスファルトとコンクリートで覆い尽くした町の中核には、影がない。
新興の住宅街の色合いにも、影がない。
それは、昭和という時代の残り火が、そうさせているのです。
昭和はノスタルジックにあって、しかし今の時代を照らしているのです。