奥村網雄
「ガードマンが行方不明」
OKUMURA Amio
わたしは探偵です。
懇意にしている銀座の藍画廊から調査を依頼されました。
現在開催中の奥村網雄氏の展示について調べて欲しいとの依頼です。
何しろタイトルが「ガードマンが行方不明」とのこと。
さっそく藍画廊に駆けつけました。
画廊の展示(?)風景です。
左端で光っているのがビデオプロジェクターで、正面の壁面全体にビデオが映されています。
その為、展示室は薄暗くなっています。
ビデオは、ビルの監視カメラの映像で、16の画像が同時に映写されています。
エントランス、エレベーターホール、エレベーター内部など、よくある監視カメラの映像です。
しかしいつもの藍画廊とは雰囲気が違いますね。
まるでどこかの会社の一室かのようです。
床にはいろいろなものが散乱していますが、ガードマンの制服一式がメインのようです。
青い制服の上着が床に、ズボンは観葉植物に引っ掛けられています。
そして大量にぶちまけられた鍵と鍵束。
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どこかでラジオの音がしますね。
音源を捜してみると、正面壁面横のゴミ箱の中に小さなラジオがありました。
多分棄てられたラジオでしょう。
その横には消火器ですが、たしか藍画廊には、こんなところに消火器はなかったはず。
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あれ、展示室のあんなところに時計まであります。
床を子細に見てみると、腕時計やメガネ、白手袋などの装備品まであります。
さてさて、ガードマンは何処にいったのでしょうか。
こういう事件のヒントは、大概何気ないところにあります。
普段と異なっている箇所は幾つかありますが、わたしはある場所に眼をつけました。
天井のエアコンです。
エアコンのフィルターの蓋が不自然に下がっています。
ここが、怪しい。
わたしの長年のカンでは、ここからガードマンは消えたと思われます。
しかし、どこに行ってしまったのでしょうか。
わたしは一息つくために小展示室のイスに腰を下ろしました。
壁面には風景画が掛けられています。
どこかの公園を描いた水彩画です。
これですね。
しかし何でこんなところに風景画が?
(いや、こういう会社もどきの場所にはよく掛かっている風景画ともいえそうだし、画廊だから当然といえば当然ともいえる。)
画廊の人に訊ねると、この絵はガードマンの父親が描いた水彩画だそうです。
わたしは子細に風景画は調べました。
発見しました!
凡庸な探偵なら見逃すだろう、あるものを発見しました。
ご覧下さい。
画面の中央に、(絵とは不釣り合いな)ガードマンがいました。
わたしの推理では、休憩時間に(あるいは突然仕事に嫌気がさした)ガードマンが、天井のエアコンから脱出して、水彩画の公園で和んでいる。
この推理が当たっているかどうか分かりませんが、情況から察するに、これ以外は考えられません。
貴方の推理は如何でしょうか。
まずは現場に足を運んでみて下さい。
今回の展覧会ご案内は趣向を変えて、探偵の推理で記述してみました。
お粗末様です。
さて、奥村網雄さんの作品は、凝りに凝った装置で構成されたインスタレーションです。
作品のパーツ(?)を列挙すると、監視カメラ映像、警備員制服、帽子、装備品、懐中電灯、スリッパ、椅子、タオル、鍵、掛時計、観葉植物、落ち葉、消火器、ゴミ箱、ラジオ、湯沸室プレート、そして奥村さんの実父が描いた水彩画に、奥村さんのセルフポートレイトのコラージュ。
(展示室の作品タイトルは「ガードマンが行方不明」で、小展示室は「水彩画上で休憩中」です。)
このインスタレーションが美術作品かといえば、立派な美術作品です。
画廊に展示されれば、作品の善し悪しは別として、それは作品になります。
そういう美術制度を暴いたのは、かのマルセル・デュシャンです。
そう、便器にサインをして、「泉」というタイトルと付けて出品した事件の作家です。
奥村さんはデュシャンに繋がる作家といっていいと思います。
つまり、作品に思想を込めるタイプの作家です。
しかしながら、今回の作品では、格別に美術の制度をテーマにしているわけではないと思います。
それを絡めながら、生活と美術の境を曖昧にする作業を試みています。
画廊という抽象的場所に、無理矢理生活を持ち込み、その境を見えなくしています。
その手法の独自さが、奥村さんの表現の核です。
前述したように、美術とは一種の制度です。
同じように、生活も一種の制度です。
その制度同士は、普通はキッチリ分けられています。
しかし奥村さんのインスタレーションでは、それが混交され、境が見えません。
生活の扉を開けたら美術が飛び出したり、逆に美術の扉を開けたら生活が現れてきます。
特に、美術から現れる生活の生々しさには、少しドキリとします。
普段であったら何でもないものでも、画廊という空間にあると、その生っぽさが際立ちます。
しかしここで肝要なのは、案配です。
どのようにしたら美術と生活を交配できるか、あるいは見慣れたものを異化できるか。
その案配、手法が、作品の質を決めます。
そして、美術や生活の内実を提示できるかどうかです。
奥村さんの作品には、それらが用心深く、時には大胆に提示されています。
一筋縄ではいかない手法に、美術と生活に対する秀でた思考が表れて(隠されて)います。
それを楽しみながら、その思考の罠に嵌って下さい。
ご高覧よろしくお願い致します。
会期
2010年8月9日(月)-14日(土)
11:30am-7:00pm(最終日6:00pm)
会場案内
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