その昔、「純喫茶」と看板に書かれた喫茶店がありました。
わたしは不思議に思いました。
どうして、純粋に喫茶店であることをわざわざ明記するのだろうと。
その疑問は後年解消しました。
当時の喫茶店にはスナックのようなものが多かったのです。
それらと区別するために「純喫茶」の看板を掲げたのですね。
まだ少年だったわたしには、純喫茶も敷居の高い場所でした。
中が暗くて良く見えない上に、大人しか入れないような雰囲気がありました。
いわゆる水商売の匂いが、純喫茶にも漂っていました。
上は甲府の中心部にあるオリオン通りというアーケード街です。
甲府駅から繁華街に向かうと、その繁華街の入口にあたる場所にあります。
100メートルもないアーケードですが、昔は結構な人出で賑わった商店街です。
角の万年筆屋(赤い看板の店です)が有名で、わたしは中ほどにあったレコード屋によく行きました。
又、この辺りは小学校の同級生が何人か住んでいて、界隈で遊んだのを憶えています。
アーケードの帽子屋の男の子は同じクラスで、その隣の喫茶店の女の子もクラスが違う同級生でした。
中学高校時代も専らレコード屋通いでオリオン街に足を運びましたが、時々気になったのがその喫茶店です。
「純喫茶」の看板があったかどうかは記憶にありませんが、店構えは「純喫茶」でした。
大人しか入れない雰囲気がありました。
一度は入ってみたいと思いながら月日は流れ、ふとしたきっかけから、つい最近入店を果たしました。
おおよそ40年かけての大願成就です。
(というほどのことでもないが。)
「みちくさ」。
純喫茶らしい名前ですね。
入ってみると、予想通りの純喫茶らしい店内でした。
そう思ったのは一瞬で、直ぐにこの店がただならぬ店であることに気がつきました。
まず内装ですが、日本の喫茶店の原形になっている、古き良き時代のヨーロピアンな意匠を模したものです。
完全なフェイク(偽物)ですが、余計な装飾がない、異例ともいえるシンプルな内装です。
(この手の喫茶店は、大体がゴテゴテした装飾過剰ですから。)
入口を入ると目の前は二階への階段で、左が店内で、店内の右側がカウンターで、左側にはボックス席が六つほど。
カウンターにはイスがなくて、客と従業員とはそのカウンターで一線を引いています。
壁は一面、黒いレザーを模したようなものが張られていて、壁の所々に小さな半円形のシャンデリアが灯をともしています。
もちろんロウソクではなくて、後ろには電球が見えています。
小振りなテーブルとユッタリとしたイスは、それこそ純喫茶スタイルのスタンダードなものですが、どれも手入れが行き届いています。
床も奇麗に掃除されています。
店内の備品は昔のものがほとんどですが、手入れの良さとそこに流れる空気の新鮮さが、現在進行形の店であることを示しています。
決して、懐古の店ではないのです。
装飾といったらシャンデリアと花ぐらいのもので、貼り紙一つなく、メニューもテーブルにあるスタンドメニューだけ。
実にシンプルで、しかも統一感がとれている。
フェイクが本物を凌駕した希有の内装といえます。
店主のセンスの良さですね。
従業員は二人の女性で、中年の方と二十代とおぼしき方。
もしかしたら中年の方が同級生と思いましたが、特に面識があるわけでもないので訊きませんでした。
お二人の接客も付かず離れずで、和やかでありながら凛とした姿勢が見えます。
いただいたコーヒーも美味で、四百円。
わたしが感心したのは、この喫茶店が普通の喫茶店で、しかも全体がハイレベルなことです。
戦後間もなくからある喫茶店だそうですが、観光客が来るような老舗といったわけではありません。
ごく普通の人が、コーヒーをいただいて、商談や一休みするところです。
だから価格も普通。
わたしの喫茶店経営の経験から見ても、この店のサービス(内装、商品、接客他)はトップクラスです。
しかも普通の喫茶店であるのが、エライ!
「みちくさ」の数軒となりにドトール、アーケードを抜けてちょっといった先にはスタバとパパズカフェがありますが、足下にも及びません。
(この中ではドトールはマシな方ですが。)
個人的に、「みちくさ」は喫茶店の鑑、甲府の宝ではないかと思いました。
オリオン街はすっかり様変わりしていますが、昔通りの店もあって、異彩を放っています。
(昔通りというよりは、昔のまんま、ですけどね。)
以降はオマケのショットです。
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お菓子屋さんです。
看板店名横の電話番号が和洋入り交じっています。
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靴屋さん。
お菓子屋さんも靴屋さんも、写真で見るより実際の店舗の方がインパクトがあります。
周りは一応今風の店ですから、その落差の大きさに、確実に時代の経過と変化を感じます。