もう九月だというのに蒸し暑く、どんより曇った日でした。
午前中で仕事が終ったので、昔住んでいた町を久し振りに訪ねることを思いたちました。
その町は甲府市の南にあって、今のわたしの住居からクルマで20分ほどの所です。
ところが、途中で道に迷ってしまい、何処を走っているのか皆目分らなくなってしまいました。
狭い道だったのでクルマを停めるわけにも行かず、そのまま走らせているとスーパーが目に留りました。
取りあえずスーパーの駐車場にクルマを停めて、ここが何処であるか確めようと思いました。
駐車場にはクルマが数台停まっていましたが、人の姿はありません。
駐車場の向こう側にも道路が見えたので、そっちに歩いてみることにしました。
道路にも人の姿はなく、両側に並んだ店にも人の気配がありません。
多くはシャッターが閉まったままで、営業しているのか廃業したのかも分りません。
植木の出ている美容室も、表から覗いてみましたが人がいません。
美容室の斜向かいは酒場です。
酒場、古い呼名ですね。
いつ頃開店したお店でしょうか。
多分ママさんであるよう子さんが三十代前半に開業、それから二十数年は経っているでしょうか。
そうすると、よう子さんは六十歳手前ということになりますね。
(ま、これはわたしの勝手な想像です。間違っていたらゴメンナサイ、よう子さん。)
ブルーの壁とグリーンとテント、白い看板にピンクのグラデーション。
和風酒場にもかかわらず、何故かアメリカの匂いがします。
その酒場を通りすぎてしばらく行くと信号が見え、広い通りに出ました。
信号の標識を見ると「伊勢小東入口」とあります。
やっと現在地が分りました。
伊勢小学校、わたしが昔住んでいた町から通った小学校です。
(この小学校に三年生まで通い、引越しで転校しました。)
目的地からはそれほど外れてはいませんでした。
しかし広い通りに出ても、人の姿が見えません。
信号機は規則正しく青、黄、赤と繰り返しているのですが、歩行者もなく、クルマも通りません。
一体どうなっているのでしょうか。
交差点の向こうに時計屋さんが見えます。
その店先に時計が。
古いショーウィンドウです。
ショーウィンドウに大きな時計が一つ。
この時計屋さんが開業していた頃は、この時計が町の時計だったのでしょうか。
今は午後の十二時半。
時計は四時三十九分を差しています。
この時計の電池が切れて、時計が止まった時間です。
その随分前に、時計屋さんは廃業していたでしょう。
時計だけが回り続けていて、そしてある時止まったに違いありません。
人の気配のまったくない町の止まった時計。
わたしは、ハッと気がつきました。
この時計が止まった時、この町は眠りに入ったのだ!
町の交差点にあった時計屋さん。
その時計は町の時間を刻む時計でした。
時計屋さんは店を閉じても、時計の管理をしていたはずです。
進めば戻し、遅れれば進めたはずです。
何らかの事情で時計屋さんがいなくなり、時計の電池が切れ、町は時間を失って眠りに入ったのです。
わたしが時計の前で思いを巡らしていた時、後で物音がしたような気がしました。
振り返ってみると、
交差点の向こうは閉めた店があるだけで、誰もいません。
気のせい、だったのでしょう。
この町が眠りから覚めるのは何時のことでしょうか。
遥か遠くの町から時計職人がやって来て、電池を入れ替える時かもしれません。
電池を入れ替えた瞬間、止まっていた秒針がカチカチを音を立てて動き始めます。
それから、町はゆっくりと眠りから覚めるはずです。
掲載した写真は九月のとある日の昼に撮ったものです。
実際の町は、少ないとはいえ歩行者はいましたし、クルマも結構通行していました。
人やクルマの写ってないカットを選んで制作した夢想の物語です。
昔のこの町は活気があって、今とは比べ物にならないほど人が住んでしました。
今は老人の町で後継住民の多くは郊外に移りました。
いってみれば、眠った町です。
眠った町が再び目覚めるかどうかは分りません。
でもあの時計を見ていると、いつか目覚める日が来るような気がします。
電気時計特有の一秒刻みに動く秒針が、カチカチと動き出す日が・・・・。