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「iPhone's photo(27)」


未曾有の大震災で被災された方には心からお見舞い申し上げます。
わたしの居住する山梨は、計画停電以外は
直接的な被害はありません。
しかし人の動きが途絶え、経済的には大きなダメージが出ています。

地震の直後に風邪を引き、交通機関の混乱や老齢の両親の心配があったので、先週、今週と上京を中止しました。
その為、藍画廊のご案内は撮影を画廊スタッフに依頼し、簡単なデータだけで更新しました。
親しかった三輪美奈子さんの展示だったので、楽しみにしていたのですが、三輪さんにはご迷惑をかけてしまうことになりました。
又、いつも遠方で展示の様子をご覧いただいていた方にもご迷惑をおかけしました。
この場を借りて、お詫び申し上げます。



被災地に親戚等はいませんが、西瓜糖時代からの付き合いがあるKくんが宮城に住んでいます。
それも最大震度を記録した栗原市の近くです。
地震の二日後に電話しましたが通ぜず、安否が気遣われていました。
一応メールを打って、返事を待つより仕方ありません。
無事を祈るだけです。

それから何日か経った後、たまたまKくんの親友と電話する機会がありました。
彼もとても心配していましたが、数日前にKくんから携帯に連絡があったとのことです。
自宅近所の避難所に、家族であるお母さんと二人で避難しているそうです。
避難所は比較的暖かいとのことで、一安心しました。



それから又数日経った後、Kくんからメールが来ました。
出先で地震に遭遇したこと、何とか自宅に戻ったが、家の中は収拾が付かない状態とのこと
すぐ近くの避難所にお母さんが避難していて、自身もそこで過ごすことになったこと。
幸い怪我もなく、避難所の生活も隣近所の人達が多いので和気あいあい、などと記してありました。
その後自宅に戻って、食料や水などを調達して何とか生活しているとの知らせもありました。
Kくんの住まいは、何年か前に東北地方を襲った大地震の時も震源地に近いところでした。
(いわゆる地震の巣といわれる地帯です。)

ともあれ、本人から無事が知らされたことと、通信が確保されたことは喜びでした。
メールの文面からも、何となく元気な様子が察することができます。
直ぐに返信を書き、こちらの安堵を伝えました。
とりあえず何もできませんが、メールで言葉を遣り取りすることは安心感に繋がります。



ところがその数日後、Kくんから又メールがありました。
今度は様相が違います。
強い余震の連続で精神的に参っている様子です。
その揺れも、こちらが予想しているような範囲を越えています。

メールから引用すると、
『地面がいつも沸騰した湯のようにグツグツいってるような気がして。
実際小刻みな揺れやズルーンとしたすべり揺れがあります。』
地面が沸騰しているような感覚。
わたしたちが感じている余震とは感触が違うようで、想像しただけでも、とても不安を感じる揺れです。

地震のリアルタイムの映像を見ていなかった(見られなかった)のが、復活したパソコンのWebで、遡って見ることができたそうです。
ニューヨークタイムスの記事で240枚の静止画です。
この津波の惨状を見て、Kくんは強いショックを受けたようです。
Kくんの家は内陸部で、テレビなどの通信が途絶えていたので、わたしたちより後に津波の破壊的な状態を見ることになったのです。



それでも、あの惨状で強く生きている人々の姿に動かされたようです。
自然の猛威と共に、人間の強さに力が見えたようです。

Kくんは、仕事を少し再開するところまでは行っているようです。
しかし家の中はめちゃくちゃな状態。
片付けをしていると、精神的に不安定になってくると書いてあります。
気分転換をしたいのだが、やっている店もない、と落ち込んだ様子がありありと窺えます。
(惨状から這い上がるには、頑張るばかりではなく、気分転換も重要な要素ということに気がつきました。)
直ぐに返信しましたが、なかなか言葉が見つからず、こことあちらの距離を感じました。



幸いなことに、わたしはiGallery DCを開けることができています。
開廊日には12時から7時まで開けています。
(計画停電の夜は早めに閉めますが。)
照明は最小限にして、暖房も低い温度に設定しています。
しばらくは、誰も来ませんでした。

それはそうでしょう。
この非常時、クルマ社会の地方ではガソリンは必要以外には使えません。
たとえ展覧会を見に行きたくとも、行けないのが実情です。
それでも昨日辺りから人が来てくれるようになりました。

被災地の方々には申し訳ないと思いますが、こういう時だからこそ、災害と美術の話がしたいのです。
高馬浩さんの作品を見てもらいたいのです。
そのことは、災害に見舞われてしまった人間の生や精神に無関係だとは思いません。
わたしの勝手な思い込みかもしれませんが、わたしの本心です。



Kくんのメールで少し気がかりなことがあります。
2回目のメールの末尾に、
『気のせいか猫を見ません。どこに行ったのだろうか。』 と記してありました。
その猫は、Kくんの飼っていた猫ではないでしょう。
普段何気なく目にしていた猫だと思います。
そういう猫がいなくなった。
気になる、光景です。