先月末(1月30日)からiGallery DCで浅川洋展を開催しています。
浅川さんの本名は浅川洋子で、女性です。
浅川さんと知り合ったのは約27〜8年前と記憶していますが、当時わたしは、東京阿佐ヶ谷で喫茶店にギャラリーを併設した西瓜糖という店を営んでいました。
ギャラリーは半月単位で、主に現代美術を展示していました。
いわゆる画廊喫茶はその時代にも多くありましたが、現代美術を展示した喫茶店はなかったと思います。
モノトーンのモダーンなインテリアの西瓜糖と現代美術はマッチしていて、展示希望者は少なからずいました。
そんな1人として、浅川さんは西瓜糖に現れました。
まだ武蔵野美術大学の学生で、版画を専攻していました。
彼女は山梨県の出身でしたが、同郷のよしみとは関係なく、作品の良し悪しで西瓜糖での展覧会が決まりました。
この時は本名の浅川洋子という名前で展覧会を開いていますが、その後に現在の浅川洋に改名しています。
その後も西瓜糖にはよくお出でいただき、親しく付き合わせていただきました。
時は過ぎ、浅川さんは制作の本拠地を実家の山梨に移しました。
わたしも単身赴任のような形で山梨に帰りましたが、こちらで会うことはありませんでした。
会うのは浅川さんが都内で個展を開いたときです。
それも5年か10年に一度の間隔で。
(個展の頻度はもっと高かったのですが、わたしの都合で毎回は行けませんでしたから。)
去年iGallery DC開設の準備をしていたとき、ふと思い出したのは浅川さんの名前です。
連絡を取るとすぐに来てくれて、こちらの美術事情やキーパーソンを紹介してくれました。
今考えても、浅川さんの援助はとても大きかったと思います。
そして浅川さんの近作を県立美術館で拝見していたので、iGallery DCでの個展もお願いしました。
まったくのゼロの状態から少しずつ来客があり、山梨の美術事情もおぼろげに見えてきました。
そんなタイミングでの、浅川洋さんの個展です。
初めての地元の作家の個展であり、浅川さんの人脈の広さもあって、まだ数日しか経っていませんが、いろいろな方がお見えになっています。
初日、お出でいただいた客様で驚いたのは、同じ町内に著名な現代美術作家がいらしたことです。
近所も近所、歩いて数分の所にその方はお住まいでした。
作家名は栗田宏一さん。
土を使ったインスタレーションで作品を発表している国際的な作家です。
その作品の概要は子供向けの本である『土のコレクション』に詳しく出ています。
この本を見ると、土への固定概念が覆ります。
土の色のバリエーションの多さと、その色の美しさには目を見張ります。
地方の気候、風土によって様々な色合いを見せる土の数々。
それを整然と床に展示したインスタレーションの、宗教的ともいえる美しさ。
土を入れた瓶やガラス管を並べたインスタレーションのモダンな美。
栗田さんの採取した土は一万種類以上だそうです。
日本全国は当然として、世界各地の土のコレクションがあります。
それだけ日本を、世界を旅している人です。
近年はフランスでの展示が多いようですが、昨年は瀬戸内国際美術祭にも出品しています。
詳しくお知りになりたい方は、Webで検索すると作品を見ることができます。
続いては、作家の方ではありませんが、これも同じ町内にお住まいの映写技師のWさん。
Wさんは永らく甲府の映画館で映写技師をなさっていた方です。
定年退職して、現在は自主上映会を催しているそうです。
その映画に対する博識と愛情は並ではありません。
わたしも映画が好きですが、そんな中途半場な愛好家とは別次元の、映画への愛情を感じます。
Wさんが映画技師を志したきっかけ。
それはトニー・リチャードソン監督『長距離ランナーの孤独』を見たことです。
わたしは小説(アラン・シリトー)でしか知りませんでしたが、映画の『長距離ランナーの孤独』も名作だそうです。
映画『長距離ランナーの孤独』のすばらしさに感動して、Wさんは映画の道に入りました。
その話をしているWさんの懐かしげな顔と口調。
何か、とっても良い話だと思いました。
浅川さんは山梨で教職の経験があります。
その時の先輩で、特殊学校の教師をなさっているFさん。
Fさんも美術家ではありませんが、お話を聞いていると、型破りな先生です。
現在は県立ろう学校に勤務ですが、引きこもり児童、生徒専門の学校を立ち上げたときの話が面白い。
授業で、クルマを三台調達したそうです。
もうすぐ廃車になるポンコツです。
まず、その自動車を好きなように生徒にペイントさせたそうです。
遠目からも目立つ、派手派手にペイントされたクルマ。
それを運転して、嬉々として生徒と遊ぶF先生。
次は、そのクルマを壊せ、と生徒に命令したそうです。
どのように壊したのか知りませんが、ハンマーで叩いたり、ドライバーで外したりして、ともかくバラバラに壊させました。
それが授業で、生徒は活き活きとクルマを壊したそうです。
まず壊せ、それが先生の考えでした。
なんという面白い先生でしょうか。
まず壊せ、壊した後にしか何事も始まらない。
その通りだと思います。
パンクの精神に通じる、希有な教育思想を持った教師です。
といったわけで、浅川さんのお客様にはユニークな人がいます。
その人脈は(恐らく)表にはあまり出てこない山梨の人脈だと想像します。
浅川洋展のタイトルではありませんが、山梨という地面の下(UNDER・WORLD)には、東京とは違った独自の文化が眠っていそうです。