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「探偵物語(54)」


わたしの事務所には長椅子が一つあります。
本来は来客用で、わたしの椅子はテーブルを挟んだ向かい側の一人掛けです。
暇なときは、長椅子の座り心地が良いので、そこに座っています。
時には、寝そべることもあります。

資料調べが一段落して、わたしは長椅子に腰掛けました。
足をテーブルに載せて、両手を頭の後で組みました。
リラックスして、疲れを取ろうと思ったからです。
しばらくその姿勢を続けていると、ウトウトしてきました。
寝不足と暖房の所為です。

うたた寝から目覚めたのは、二十分後ぐらいでしょうか。
つけっぱなしにしていたFMから、軽やかな音楽が流れていました。
ボンヤリした頭に、フルートの音色とスローなリズムが心地よく響きます。
そこに、ボーカルがユッタリと入ってきました。

「もしも〜私が〜 家を たてたなら」。
曲を思い出すと同時に、地を這うようなボーカルに驚きました。
低い声で、地べたを這い回っているような歌唱です。
これは、誰?

曲後のDJの紹介で、Charaと分かりました。
しかし、思い切った曲の解釈です。
オリジナルは小坂明子で、1973年に大ヒットした『あなた』です。
リアルタイムで聴いていた人は、出だしの歌詞だけで思い出すはずです。
それほどのヒット曲でした。



少女趣味な歌詞ですが、それは致し方ありません、小坂明子が高校二年生の授業中に作った歌ですから。
それよりも、この歌詞が多くの人の支持を得たことを記憶しておいた方が良いと思います。
親しみやすいメロディーと、(当時の)幸せのイメージが具現化した歌詞。
失恋の歌にもかかわらず、幸せのイメージが強く印象に残る歌でした。
(横にいるはずのあたな、つまり男は道具立てと同じ価値しかないのか、と反発も呼びましたが、それも大ヒットのオマケのようなものでした。)

ご存知のように、わたしは個人的な街の探索で、数多くの家を撮影しています。
最近は、歌詞のような小さな家は余りありません。
もっと立派で、大きな窓と大きなドアが付いています。
でもイメージは、継承されています。

確認するためにコンピューターを立ち上げ、画像ライブラリーを開きました。
やはり、大きな家が多いことが分かりました。
それが三十年余という月日で、ともあれ豊かになったという現実です。
ライブラリーの中には、飛び抜けて大きな家も写っていました。
住宅というよりは、邸宅と呼んだ方が適切な家です。
上の画像は、その邸宅の前庭のプールです。

この邸宅は、頻繁にパーティが催されています。
昼夜問わず、賑やかな歓談が聞えます。



別の邸宅です。
ここは日本かと見紛うばかりの佇まいですが、立派に日本で、しかもイナカです。
この邸宅でも、パーティは盛んです。

もったいぶった書き方をしましたが、この邸宅、実は結婚式場です。
いや結婚式場などいう名称ではなく、ブライダルハウス、ブライダルビレッジなどと名乗っています。
邸宅の主人が若い新郎新婦で、その館にお客様をお招きして、結婚を披露する。
そういうコンセプトの基に、結婚式をする家なのです。
もちろん、それは式場の運営会社のご提案、プラニングなのですが。

 


邸宅に付設されたチャペル(教会)です。
この光景をご覧になれば、邸宅の立地条件がお分かりと存じます。
地方の郊外の畑の隣りに、この邸宅はあります。

ダイナマイト・シティも事務所のあるK市も、地方の都市です。
地方の都市はクルマ社会で、どこに行くにもクルマです。
そうなれば、中心部に式場を建てる理由もなく、地価が安くて、駐車場を広く取れる郊外に建設するのが道理です。
そんなわけで、畑の隣りにブライダル施設があるのです。
理にかなっていますし、オリジナル(西洋)の邸宅も概ね郊外にありますから、さほど不思議ではありません。

あらためて『あなた』の歌詞を読むと、その幸せのイメージの小ささに感慨が生じます。
女子高校生の儚い夢だとしても、日本中の多くの人が共有したのですから、時代を映していることには間違いありません。
今の時代は、夢は個人でなく、企業が提案するイメージにあるようです。
それは、結婚式や結婚式場の在り方のみならず、住宅のCMによく表れています。
提案された夢を消費するのが、わたしたちの役割になっています。
そういう立場に、この三十年で、いつの間にかなってしまったようです。



突然、画像の雰囲気が変わりました。
ライブラリーにあった、近くの山で撮影したものですが、何とは無しにCharaの『あなた』のイメージに近いと思って・・・・。


しかし、ヒマな探偵です。
昼日中、何をやっているのでしょうか。
秋口には依頼人が殺到するという目論見が外れ、真夏の低迷が続く探偵事務所。
「あなた」は何時やって来るのか。
これだけ、わたしが待っているというのに。