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iの研究



第四十七回 <伽藍とバザール>の研究(1)


数週間前、美術作家の Kくんと久し振りに藍画廊で会いました。
彼とは長いつきあいで、わたしの企画した展覧会にも参加していただいたこともあります。
Kくんは文化庁の海外研修員として今年中国に行くことになっています。
彼の画風から考えると納得できる研修先です。

「中国のどこに行くの?」と質問すると、「北京です」とKくんは答えました。
「ところで、ちょっと質問があるのですが」とKくんはきりだし、中国にノートパソコンを持っていきたいのだがOSは何が良いかと尋ねられました。
Macがいいか、Windowsがいいかという意味です。

Kくんの友人に訊いたら、MacにバーチャルPCをのっけていくのが良いのではないかと言われたそうです。
まぁ、それだったらWindowsそのものの方が良いんじゃないの、とわたしは答えました。
美術界は世間とは逆でMacが主流ですから、その友人のアドバイスもそれほど奇異なものではありません。
「問題は、中国ではどのOSが一般的かだね。多分Windowsだろうけど、国策でLinuxを推奨しているという話も以前聞いたこともあるから」と、わたしは話を続けました。
「Linux?」とKくんは怪訝な顔をしました。

中国がマイクロソフトに牛耳られることを嫌って、オープンソースのLinuxに力を入れている話は雑誌か新聞で読んだ覚えがあります。
ありそうな話ですが確証はありませんし、国策と現実が違っている可能性も充分にありますので、とりあえず事情に詳しい人か大使館に訊いてみたらということでその話は終わりました。

それから一週間ほど経ったころ、Webを散策していたら面白い
記事を見つけました。
Linux系のサイトで、中国に「紅旗Linux」というディストリビューションがあるという記事です。

これが「紅旗Linux」のキャラクターです。
ペンギンはLinuxのマスコットです。
ペンギンが赤旗(紅旗)を振っている、確かに「紅旗Linux」。
何か笑えますし、かなりカワイイですね。
気に入ってしまいました。
ステッカーがあれば、マイカーに貼りたいところです。

「紅旗Linux」の英語表記はRedFlag Linuxです。
Linuxの事情に少しでも詳しい人は、ここで又大いに笑えます。
どう考えても、Linuxディストリビューターの最大手RedHat Linuxのもじりにしか思えませんから。
さすが中国、国是(共産主義)とLinuxを結びつけるとは知恵があります。

中身もRedHat Linuxとそう変わらないそうです。
起動音がインターナショナル、というのは嘘ですが、インストールが終了するとペンギンが「完成」とかかれた城壁の上で赤旗を振って祝ってくれるそうです。

記事の筆者が「紅旗Linux」を購入したのは上海の電脳ビルにあるショップです。
ショップブランドのパソコンの半数がLinux搭載で、中国ではLinuxは健闘していると記してあります。
他のWebサイトでその辺りの事情を調べてみると、やはり普及率はWindowsの方が高いようです。
中国政府がマイクロソフトに毎年払っているライセンス使用料が10億円、及びWindowsのセキュリティに不安ももっていることもあり、国の方針としてLinux推奨というのも間違いではないようです。

パソコン自体の普及率の低さを考慮しても、中国は世界で一番Linuxユーザーの多い国かもしれません。
日本では、最初からLinuxがインストールされたデスクトップ機というのを見たことがありませんから。
(ノートパソコンでは東芝他がプリインストールして発売しています。)

ここまで読まれた大半の方は、「伽藍とバザール」とは何のことだろうか、何でLinuxの話が出てくるのだろうかと疑問をお持ちになる思います。
「伽藍とバザール」の著者はソフトウェア開発で著名なEric S.Raymond。
そうなんです、「伽藍とバザール」とは本(小論文)のタイトルなんです。
オープンソースについて考察した論文の題名です。
考察したモデルは、著者が伽藍形式と名付けた従来のソフトウェアの開発プロセスと、バザール形式と名付けたLinuxの開発プロセスです。
それで、Linuxの話から始めたわけです。

オープンソース、Linuxの基礎的な話は
「パーソナル コンピューティングの研究(2)」に書きましたので、何のことは分からない方はこちらを最初にお読み下さい。
ま、そこでですね、まずわたし自身のLinux体験を書いてそれから本題に行こうと思っています。
実際のLinuxとはどういうものであるか、それが分からないとイマイチ具体性に欠けますから。



Linuxバブル、というものがありました。
まだアメリカがITで盛り上がっていた時期の終わり頃です。
Linuxやオープンソースの将来性に注目が集まり、市場の少なからぬお金がそこに流入しました。
マスコミも、そのうちLinuxがWindowsの市場を奪うのではないか、という観測記事を盛んに掲載しました。

それが憶測通りにいかなかったのと同時にアメリカの景気が悪化し、いつの間にかLinuxは元のマイナーな存在に戻ってしまいました。
確かに、個人ユーザーのデスクトップ環境ではLinuxのシェアは日本国内では無いに等しい割合です。
わたしのまわりでも使っている人は皆無です。
(唯一の例外はリンクを貼らせていただいているKさんですが、最近は使っていないみたいです。)

これは前も書きましたが、Linuxはサーバー市場では期待通りWindowsを追いつめています。
業務で使う場合、Linuxのコストの低さ、システムの安定性、いつでもソースコードを参照できるメンテナンスの良さが買われているわけです。
では、何故パーソナルユースでは普及しないのでしょうか。

最初にわたしがインストールしたのは前述のRedHat Linuxです。
書籍の付録に付いていたものです。
こちらのトレードマークは、紅旗ならぬ赤いソフト帽。
(ログイン場面で、赤いソフト帽のオジさんがユーザーを迎えてくれます。)
インストール自体はMacやWindowsとほとんど変わらりません。
一度でもシステムをインストールした経験があれば誰でもできます。

ここから先は違います。
LinuxはUnix系のOSですから、マルチユーザーが前提になっています。
まず、ログイン画面でユーザー名とパスワードをタイプしないとログイン(コンピュータの中に入って操作すること)ができません。
又、このログイン時にデスクトップ環境を選択できます。

デスクトップ環境?
そうなんです、MacやWindowsと違ってLinuxには複数のGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)デスクトップ環境があるのです。
GNOMEとKDEの二つです。
もう一つ、テキストベースのCUI(キャラクター・ユーザー・インターフェイス)環境も起動時に選べます。
こちらはコマンドでコンピュータを操作するのがメインになります。

Linuxにはディストリビューターという存在があります。
LinuxはオープンソースのOSで無料ですから、誰でも入手できます。
Linuxを実用的にアレンジし、応用ソフトとセットにしてリリースするのがディストリビューターです。
(応用ソフトに商用ソフトを含み、サポートを付けてパッケージで販売するものと、商用ソフト、サポートなしの無料のFTP版があります。雑誌や書籍の付録はこのFTP版です。)
通常わたし達が手にするLinuxは、ディストリビューターがリリースするLinuxです。
日本国内には十数社のディストリビューターがあります。

デスクトップ環境のメインにGNOME、KDEのどちらがを選ばれているかはディストリビューターの方針次第です。
RedHat LinuxはGHNOMですが、インストール時にKDEを追加することもできます。
とりあえず両方インストールして、使いながら勝手の良いほうを選ぶのが一般的なようです。
GNOMEとKDEには極端な違いはありませんし、GNOMEのソフトをKDEで使うこともでき、その逆も可能です。
操作はMacやWindowsのデスクトップと比較しても大きな違いはありません。

Linuxのデスクトップ領域には一つの特徴があります。
仮想デスクトップがあることです。
MacやWindowsはデスクトップが一つですね。
Linuxはデフォルトで四つあります。

例えば、デスクトップにWebブラウザが起動されていてそのウィンドウがあるとします。
デスクトップの下に田の字型のページャーとよばれるパネルがあり、それには1から4までの番号がふってあります。
それの2をクリックすると、まっさらな(ウィンドウが何も開いていない)デスクトップが現われます。
2でエディタを起動してそのウィンドウを開きます。
3をクリックしてメールソフトを、4をクリックしてファイルマネージャーを起動します。

もしデスクトップが一つだとそれらのウィンドウが重なって作業がしづらいですね。
Linuxではページャでデスクトップを切り替えて、スッキリとした環境で作業ができます。
一つのアプリケーションに一つのデスクトップを確保できるわけです。
(MacやWindowsに比べると、計算上は四倍の広さのデスクトップを持っていることになります。)
もし同時に二つのウィンドウを参照したい時は、ウィンドウを他のデスクトップに移動することもできます。
必要に応じて、1にあったブラウザのウィンドウを2に移動して、エディタのウィンドウと並べることもできるわけです。



GUIのデスクトップ環境で特徴的なのはそのくらいで、MacやWindowsと変わりません。
操作の洗練度を比較すれば、Macの方が数段上です。
これは、GNOME、KDEの開発が始まった時期と関係があります。
先行したKDEのプロジェクトは1996年にスタートしています。
まだ6年しか経っていないわけです。
Linuxならでは、というGUIデスクトップはこれからに期待したいと思います。

Linuxは堅牢なOSという定評があります。
確かにOS が落ちる(フリーズする)ことは滅多にありません。
しかし、MacもOSX(テン)で落ちなくなりましたし、WindowsのXPも落ちないOSという触れ込みです。
Linuxのアドバンテージは過去ほどはないことになります。

Linuxをちょっと使いだすとどうしてもコマンドラインが必要になります。
ターミナルを起動し、コマンドを打って設定ファイルを書き換える必要が多いからです。
GUIで育った者には、面倒臭いといえば面倒臭い作業です。
それでもしばらく使っていると、コマンドラインの便利さ、面白さが分かってきます。
例えば、ソフトをダウンロードして解凍、インストールする場合、GUIのツールよりもコマンドの方が速いし確実です。

OSの中であえてLinuxを選ぶポイントは、このGUIとCUIを併用する楽しさになります。
これを楽しいと感じるか、辛いと感じるか、は人によります。
わたしは今のところ、楽しさが少し分かってきた段階です。
コマンドラインに熟達してくると、他のOSとは比較できないLinuxの設定の自由さが活きてきます。
実はこれがLinuxの最大のウリなのですが、残念ながら今のわたしはそこまで行ってません。
実感した時に、自慢したいと思います。

Linuxが普及しなかった理由は、GUIが並だということ、コマンドを使わなければならないということ、そして特別な理由がない限りユーザーは馴れた環境からなかなか離れないということです。
MacやWindowsから移行するには、何か目に見えて優れたところがないとダメです。
あるいは、Linuxしかないキラーソフトがあるかどうか。
(サーバー環境には幾つかのキラーソフトがありますが、デスクトップでは画像処理ソフトGIMP以外はないでしょうね。)

LinuxはUnix系のOSですが、Unixには30年余のコマンドの文化があります。
ですから、コマンドの体系がものすごく発達しています。
これはまさに文化と呼ぶに相応しい洗練度です。
わたしなんか入口でチョロチョロしてますが、コマンドを学ぶことは文化を学ぶことに等しい気がいたします。
コンピュータで実務をこなしたり、通信をしたりするのと同時に文化と触れ合える、それがLinuxの魅力でしょうね。
(早くそこまで行きたいのですが、文化とは時間がかかるのも事実です。)

馴れない手つきでコマンドを打っていると、システムと対話しているような気分になります。
間違えると怒られるし、正しければ目にも留まらぬ速さで処理のプロセスを表示してくれます。
想像力を働かせると、遠くにシステムの作者がボンヤリと見える気もします。
これもコマンドの面白さなんでしょうが、普及ということを考えると難しい気がするのも確かです。

Linuxには標準というものがありません。
ディストリビューションのどれが標準ということはありませんし、GUIが標準でもなければCUIが標準というわけでもありません。
GNOMEとKDEのどちらが標準ということもありません。
ソフトも標準といったものはありません。

Linuxを導入した人がそれぞれに自分の標準を作るのがLinuxのやり方です。
「オンブに抱っこ」で、マイクロソフトが自社ソフトで囲い込むやり方とは正反対に位置します。
何をやるにも自由ですが、「オンブに抱っこ」してくれる人はいません。
これが入門者には辛いところで、問題があればひたすら調べまくるしか手がありません。

Webサイトをハシゴして自分の得たい情報を探し回りますが、幸いLinux関係の情報は充実しています。
必ずといっていいほど、Webのどこかにその情報はあります。
Webを介しての情報交換は、恐らくLinuxユーザーが最も進んでいると思います。
自助努力、相互扶助の精神が確固として存在しています。
これもUnix以来の伝統かもしれません。

標準がないところで自分の標準を作る。
実はわたし達が最も苦手とすることかもしれません。
(だから普及しないともいえます。)
マニュアルやハウツーがないのですから、自分の頭で考え実行しなければなりません。
「オンブに抱っこ」は「飼い馴される」と同義であり、その意味ではLinuxが立っている土壌そのものに問題があるのかもしれません。



RedHat Linuxをインストールして少し馴れたころ、Linuxをパッケージ(有料)のTurboliunx8に入れ替えました。
理由は、日本語環境の改善とオフィスソフトのStarSuiteを使ってみたかったからです。
今更ターボという名称がチョット何ですが、中身はRedHat Linuxに負けていません。
商用ソフトであるATOK とリコーのフォント五書体とStarSuite6.0がバンドルされていて15,800円。
安いと思います。

FTP版RedHat Linuxを使っていた時、日本語入力と表示のフォントの貧弱さ(デスクトップの字が美しくない)が気になっていました。
遊びで使っているうちは気にならないのですが、日常的な使用を考えると要改善になります。
インストールしてみると、しばらくは画面の文字を見ていたり、意味もなくも日本語を入力しているだけで楽しいほど効果がありました。

StarSuite6.0はMS Officeと互換をもつオフィスパッケージ(Office Suite)です。
MS WordやExcellを開いたり編集できる機能があります。
Linuxには幾つかのオフィスパッケージがありますが、レベルではStarSuite6.0が最上の評価を受けています。
StarSuite6.0はマルチプラットフォーム(Windows、Linux、Solaris)対応で13,800円で市販されています。
Turboliunx8にバンドルされているStarSuite6.0はLinux版のみですが、市販版と同じく1ユーザは5台までのコンピュータにインストールできます。

わたしはコレが気に入りました。
普通ソフトを購入すると1ユーザーは1台のマシンにしかインストールが許されません。
デスクトップ機とノートパソコンを所有していると、同じソフトを2つ買わなければなりません。
ソフトウェア業界の常識かもしれませんが、わたしの常識には反します。

所謂ソフトの違法コピーという問題があります。
多くの人は経験があるのではないでしょうか。
わたしも経験があります。
ソフト価格の高さと気軽にコピーできてしまうのが原因と思われますが、何となく後ろめたい行為です。
著作権そのものの存在に異議があったとしても、後ろめたいですね、これは。

StarSuite6.0のように複数のマシンにインストールできれば、後ろめたい事態が減るような気がします。
StarSuite6.0はMS Officeと同等の機能で価格は約三分の一です。
オフィスパッケージが13,800円というのは、わたしの常識では妥当な価格です。
MS Officeが高すぎるというのが実感です。

Linuxを使用する利点は、ソフトのことで後ろめたい気持ちを持たなくて済むことです。
ほとんどがフリー(無料)ですし、それで大抵のことができます。
有料ソフトはオプションという位置づけで、必要な人が買えばよいのです。
一般的に価格もそれほど高くはありませんし、StarSuite6.0は複数にインストールできます。
あえて商用ソフトを違法コピーをする気にもなりません。
こちらの方が健全ではないでしょうか。
Linuxを導入する利点として、この精神面の健全さは大きいと思います。

※StarSuiteは6.0以前は無料でダウンロードできました。今でもopenoffice.orgで若干の機能省略版が無料でダウンロードできます。但し、openoffice.orgに接続できたことがありません。ダウンロードで混んでいるからです。

入門者が見たLinuxの利点、弱点を書いてきましたが、もう一つ大きな問題があります。
周辺機器の問題です。
外側ではプリンターやMO、CD-R、内側ではサウンドカードやグラフィックカードです。
これらのドライバをLinuxのシステムが持っていない場合があります。
もともとメーカーが配布(サポート)していないケースがほとんどですから当然です。

コンピュータを購入する場合、通常はMacやWindowsといったOSが最初から入っています。
入っているということは、少なくとも内側の機器のドライバはサポートしています。
音も画像も問題なく出ますよね。
出なければ初期不良です。

外側の周辺機器にも必ずドライバが付属しています。
それをインストールすれば使えます。
Macもマイナーですから使えない周辺機器がありますが、Linuxの比ではありません。
特に新しいものほどドライバが存在する確率が低くなります。

わたしのプリンターはエプソンで、三年前に購入しました。
MacとWindowsのドライバは付属していましたが、Linuxはありません。
Webで調べるとエプソンの子会社が独自に開発して配布していました。
それをダウンロードしてインストールするのに要した時間が三時間。
わたしが入門者だということを差し引いても、Macだったらインストール、再起動で五分もかかりません。

周辺機器の問題はメーカーを責めるわけにはいきません。
需要がないから作らないだけの話ですから。

ここで提言です。
今Windowsをプリインストールして販売されているコンピュータすべてを、Linuxとのデュアルブートにすることです。
デュアルブートとは起動時に入っているOSを選べる仕組みです。
つまり、最初からLinuxもインストールされていることが条件です。

Linuxは無料ですからサポート費用が余計にかかりますが、マイクロソフトに泣かされてるメーカーにとっては安いものではないでしょうか。
ハコを作るだけのメーカーから、オリジナルなコンピュータ製造に転化できるチャンスだと思います。
各メーカーが互換を考慮しつつ独自のLinuxを載せるのです。
Linuxの扱いは各メーカーのソフトエンジニアが喜んでやると思います。
そうなれば、Linuxの周辺機器の問題もあらかた解決します。

ま、夢のような話ですが、ソフトウェアは道具です。
道具は文化です。
その道具が一つの企業の独占になるのは健全とは言いかねます。
文化とは競いあって育っていくものですから。

(1)はここで終わりです。
前説で終わってしまいましたが、入門者の眼という限定が付いたLinuxの世界、多少でも楽しんでいただけたでしょうか。
そんなLinuxはどういうシステムで育っていったか、次回が本編です。
又お付き合いいただけたら幸いです。

<第四十七回終わり>

「伽藍とバザール」(2)に続く




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