藍 画 廊



前川育美展
MAEKAWA Ikumi


前川育美展の展示風景です。



作品は全2点で、手前の床置きがタイトル「足下で眠る風」で、サイズ10(H)×174(W)×130cm、正面壁面の作品が「川に積もる」で34×7.5×3cmです。
作品はライムストーンを使用しています。



床置きの「足下で眠る風」です。
石彫の作品ですが、使用しているライムストーンについて簡単に説明いたします。
ライムストーンは石灰岩と呼ばれ、炭酸カルシウムが堆積して生成されたものです。
石材としては、エジプトではピラミッド、欧米では建造物の外壁などに使われています。
主な産地はポルトガル、スペインで、ここで使用されているのもポルトガル産です。
ライムストーンは上品で暖かい雰囲気を持った石で、その特質を活かして内装材としても使用されています。



「足下で眠る風」は12枚のライムストーンで構成されています。
その一枚一枚に、小さな方形の形が規則正しく彫られています。
そして全体を横から見ると、石が波打っているのが分かります。



「足下で眠る風」のクローズアップです。
規則正しく彫られている様子と、表面が波打ってのがお分かりになるでしょうか。



「足下で眠る風」の裏面の縁(ふち)は、このように湾曲しています。



正面壁面の「川に積もる」です。
これも方形に彫られていますが、全体は右下の部分が欠けています。



横から見た「川に積もる」です。
裏が複雑な形状をしていますが、この作品は、裏側から彫り始めていったそうです。
そしてある程度まで形ができた後に、表側から彫っていきました。
そのためか、表面の方形の中心に小さな穴が幾つか空いています。



前川さんの石彫、知らずに見えれば石に見えないかもしれません。
陶(セラミック)、ないしはもっと軽い素材に見えるかもしれません。
それはライムストーンという石の質感とも関係がありますが、むしろ、前川の資質の方が勝っているように思えます。
重い石なのに、「足下で眠る風」を思わせるような軽さを持った彫刻。
その軽さとは、良い意味で、前川さんの女性としての感性が大きく影響しています。
このような軽快さや優美は、残念ながら、男性の作家からは生まれないものです。

前川さんの前回個展時に作成されたパンフレットに、彼女自身の短いコメントがあります。
それを載せてみましょう。

普段見えないところで連綿と続く
地中でひっそりと息づくものや、
木々に脈々と通い続ける水を思うように、

作品が、内なる向こう側の存在を知るきっかけとなるような
そのようなものであれば、と思う


石を方形の形に連続して彫るという行為は、単調な仕事かもしれません。
その単調さとは、ある意味、日常に似ています。
しかし日常は単調でありながら、まったく同じ日というのはありません。
同じように見えていても、少しずつ違っています。

方形を彫る行為も同じです。
線を引いて同じように鑿を使って彫っていても、微妙に形や深さが異なります。
そこに日常の小さな変化が顕れます。

一方で日常とは、「生」の連続を意味します。
「生」は単独で「生」として存在しているわけではありません。
前川さんの言葉のように、内なる向こう側の存在があって、「生」は少しずつ変化しながら続いているのです。
いや「生」とは、本来はそれらのものすべてを含む概念かもしれません。

わたしたちは、普段内なる向こう側の存在を忘れています。
あたかも、人がそれだけで在るかのように思っています。
「美術」というものに価値があるとすれば、それを思い出させてくれることです。
だとしたら、前川さんの言は至極まっとうな美術家の言葉だと思います。

画廊の床に置かれた、お菓子のウエハースのようにも見える彫刻。
それと呼応するように、壁に掛けられた小さな作品。
規則正しく、それでいて自由な造形。
単調なようで、豊かで柔らかな表情。
饒舌ではないが、かといって寡黙でもない。
ここにあるのは前川さんの、トータルな「生」へのアプローチです。

ご高覧よろしくお願い致します。


会期

2010年12月20日(月)-12月25日(土)

11:30am-7:00pm(最終日6:00pm)


会場案内