左側壁面の作品です。
画面の各所にレントゲン写真が貼られています。
白い三本のラインはテープの技法で、左下の三つの渦巻きはマーカーで描かれています。
山内さんの作品は一見すると抽象の平面に見えますが、ご紹介の通り、特殊な構造、技法で制作されています。
レントゲン写真はネガフィルムで、像の黒白が反転しています。
しかもフィルム(透明)なので、地の色が透けて見えます。
その特徴を活かして、画面が構成されています。
レントゲン写真に写された血管の道筋。
どなたもご覧になったことがあると思います。
カメラは不思議なもので、人間の眼に比べるとはるかに劣りますが、人間の眼では見えないものを表示することができます。
レントゲン写真がその代表ですね。
写真と絵画の関係も微妙です。
写実を専らとしていた絵画は、写真の登場で、その役割の変化を余儀なくされました。
そして、絵画の本質という問題に直面しました。
逆説的にいえば、写真の登場によって、絵画はより絵画であることを指向することになりました。
山内さんが「血の循環」を描くきっかけは、ご自身の狭心症の発病です。
それと、以前から気になっていたレントゲン写真の形象が、制作で結びつきました。
血管は、人間の体内をくまなく循環しています。
その微細さと正確さは、一つの宇宙に匹敵します。
一つの血管が詰まったり、破れると、命取りになる場合もあります。
しかし、人間にとって「血の循環」は不可視です。
レントゲン写真によって、初めてそのシステムを見ることができます。
皮膚が傷ついて血管が破れると、出血します。
見えない血管が、その内実を人間の眼に露にする瞬間です。
血は鮮烈で、レントゲン写真の無感動な表情とは対照的です。
山内さんの作品には、絵画の鮮やかな想像力と、よそよそしくて直裁なレントゲン写真が同居しています。
それを繋ぐかのような、気紛れなテープの跡と自由なマーカーの線描。
異なる要素が一つの画面で、循環しているのかもしれません。