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第五回 ギリ・メノへの道 廣木明子


ひとりで知らない外国へ行くのが好きです。
 
飛行場に降り立つと、飛行機の座席に座ってただけなのに、ほんと来ちゃったよと、
いつも少し不思議な気がします。
 
わたしは1999年に突然、友だちに勧められるがまま、
なんの予備知識もなくスクーバ・ダイヴィングのライセンスを取りました。
しかもそのときが初めての海外旅行。
タイのタオという小さな島で3日間、毎日一度は溺死しそうになりつつ(周囲の人は笑ってましたが)、やっとの思いで得たライセンスでした。
タオにはその後1週間ほど滞在し、毎日夕焼けを鑑賞して、
ゆったりしたペースで海に潜り、少々痩せて、たっぷり日焼けして、
すっかり人生変わっちゃったのです。
 
世界の海を見てきた女になる! 
以来、年に1度は3週間ほどの旅に出かけます。
贅沢を言わなければ、アジアの旅にさしてお金はかかりません。
しかも世界の珊瑚の70%はアジアの海に成育しているそうです。
そんなわけで行き先はたいていアジア、そして、旅先でダイヴィングを楽しみます。

さてさて、今回の旅の最初の目的地はギリ・メノ。
インドネシアのバリ島の東隣がロンボク島で、
そのすぐ北西に歩いて1周できるくらいの小さな島が3つかたまっています。
その中でもいちばん小さな島がギリ・メノ。
“ギリ”はインドネシア語で“小さな島”といった意味のようです。
 
わたしの島選びのポイントは、海がきれい、小さい、でかいホテルが建ってない、
人が少ない、でもダイヴ・ショップはある。
要は発展途上の観光地ですよね。
あんまり俗っぽくならないうちに行っとかなきゃ。

まずは成田からの直行便でバリの空港に到着。昼前に発って夕方着です。
ひとり旅で怖いのは闇。
暗くなってからうろうろしていて、へっちゃらなとこばかりじゃありません。

そういえば全然脱線ですが、
以前カンボジアの田舎の街灯もなにもない真っ暗な道を、
車に轢かれてはいけないとなるべく端っこの草の生えてるところを歩いていたら、
向こうからやってきた黒人男性(これは断じて差別じゃないけど、黒人の方は真っ暗な夜道では、ほんと近くに来るまで見えなかった。)が
「草の中歩いてると、蛇に噛まれる。危険だよ」と親切に注意してくれました。
土地によって常識って驚くほど異る。
まあ、わたしが都会っ子で無知なだけかもしれないけど。

それはさておき、闇を恐れるひとり旅女は、
暗くなる前にあすの移動の段取りをして、宿を決めてと、
ややあせりつつ空港の旅行代理店を訪ねたのでした。

バリからギリ・メノへは十数時間かけて安いバスとフェリーを乗り継ぐ方法から、
豪華クルーズ船の旅までいろいろありますが、
今回は時間の節約といろんな乗り物に乗ってみたいの心で、
ロンボクまで飛行機で飛ぶことにしました。
外国で国内線に乗るの、私はけっこう好きです。
それに、バリ・ロンボク間は23ドルほど。
この値段で飛行機に乗れるって、乗り物好きならニコニコではないでしょうか。
まあ、乗ってるの20分ぐらいなんだけど。

チケットは電話で空席確認をすませてから、
旅行代理店のお兄さんがバイクで国内線のカウンターまで買いにいってくれます。
ロンボクから先はあちらの空港で手配するしかないと言われ、
日も暮れてきたので旅行代理店のお姉さんが勧める空港近くの20ドルの宿
(あすの朝の迎えのタクシー込み)に決めて、
あとはお兄さんが戻ってくるまでお姉さんたちとおしゃべり。
晩ご飯を食べに行って、何時くらいまでに宿に戻れば安全か、
など情報を仕入れます。
いちばんよくおしゃべりした子はジャワ島出身で、
家族全員でバリに移ってきたそうです。
“for better life”だって。
インドネシアもなかなかたいへんだ。

空港からタクシーで宿へ。さすが20ドルも出すとエアコン、テレビつき。
古いけど広いしまあまあのホテルです。でも、あす朝早いしすぐ寝ちゃうんだけど。



バリは今年(2002年)の一月末に一度来ていましたが、
クタ方面へ出かけたのはこの夜の夕食のときが初めて。
ほんとはナイトマーケットに行きたかったんだけど、
なんだか地図の方向へ歩いてもただ真っ暗で、しかたなく繁華街をめざしたのです。

すれっからしの観光地として悪名高いクタの町は、
予想したよりはしょぼいというか、山間部の観光地、ウブドに毛が生えた程度。
中心部までは行き着けてなかったのかもしれません。
これと思うようなレストランはなくて、おなかすいたし、
道沿いのてきとうな店に入っていちばん無難そうなミー・ゴレンとビールを注文。
麺は明らかにインスタントだったけど、
バリではチリソースをぶっかけるとたいていの料理は乗り切れるなと、
妙に納得しました。
店の兄ちゃんがなれなれしーく話しかけてくるのがいかにもクタって感じ。

一夜明け、いよいよロンボクへ。
旅行代理店の迎えのバンはきのうのバイクのお兄ちゃんの運転で、
ほんとに来るのかなというわたしのはらはらをよそに、
空港に着くべき時間の5分前にやってきて、
きっちり5分で空港まで運んでくれました。
 
早朝の空港の国内線はがらーん。日本人はわたしひとり。
みやげもの屋もまだ大半の商品にはカバーがかかったまま。
でも、軽食堂は開店していたので、朝ご飯。
ナシ・ラワンとかいう牛肉のスープみたいなものを選びました。
たぶんイスラム系の料理。
おいしい店で食べたら非常においしいのではないかと思わせる味でした。

7時半発のロンボク行き始発飛行機は60人乗りくらいでほぼ満席。
すぐ軽食が出て、うっ空港で食べるんじゃなかったと後悔するも、
激甘ジュース+チョコレート・クロワッサン+チョコレートという
味覚を疑いたくなるメニューで後悔撤回。

わたしはなぜか飛行機で翼の横の席になる確率が高い。
これってやっぱ悪い席なのかなあ。
でも、今回は車輪の出し入れがばっちり見られておもしろかった。
特に着陸時は、火花ばりばりで迫力でした。

8時にはもうロンボク着。
空港は小さいけどこざっぱり。
いきなり怪しげなポーターの群れが押し寄せてくるのを、
わたしの荷物に手を出すなっ! と振り切ります。

空港のエントランスはやけにきれいで、
高級ホテルの受け付けカウンターがずらりと並んでる。
出口近くのカウンターのおばちゃんにギリ・メノへ行きたいというと、
斜め向かいのおっちゃんたちが、ならうちだと寄ってきた。

切符買うだけなんだけど、まず名前を名乗り合い、握手を交わす。
今回こういうの、けっこう多かった。
タクシー+馬車+プライベート・ボートで22ドル、198,000ルピアだという。
ローカルバスの乗り場は空港にはないと。うぐっ。
めんどくさいし、初のスーツケース旅(いつもはリュック)だしで、
190,000に値切って大名旅行。

タクシーに乗り際に、カウンターのおっちゃんのひとりが、
アキコ、全部込みだから、もう一切金は払わなくていいからと念を押しました。
ということはつまり、
この先どっかでズルをしようとする人が待ち構えているということ。
負けないぞと、気合いを入れます。

タクシーの運転手は珍しく寡黙なインドネシア人。
要はあまり英語がしゃべれないのだと、しばらくして気づきます。
ロンボクの風景はそのまんま映画の1シーンに使えそうな、
のどかなアジアの田舎そのもの。
馬車が多いけど、どの馬もポニーかと思うくらい小さくて(ほんとにポニーかも)、なんかいじらしい。
途中馬車の駐車場みたいなところがあったけど、超過密。馬車鮨詰め。
高度な駐車テクニックが要求されそうでした。



車が山道に入ると道端に猿。
初めは珍しくて喜んでたんだけど、やがて飽きるほどわさわさいることが判明。
ニホンザルよりやや小型で、頭頂の毛が立っているのでモヒカン猿と勝手に命名。

車は1時間弱で山を越え、馬車乗り場に到着しました。
うさん臭ーい人、てんこ盛り。
タクシーの運転手が一緒に馬車に乗ってきたのでほっ。
なぜか馬車に同乗しているあきらかに怪しげなおやじが、
英語はど下手なんだけどみょーに堂々とあれこれきいてきます。
この馬車の部分は車の乗り入れがローカル・ルールで禁止されていると
空港のおっちゃんが言ってたけど、
土道をわずか5分ほどのろのろ走って船着き場に到着。

途中、炎天下を大荷物の白人バックパッカーたちが
ガッツで歩いてくるのにすれ違いました。
歩いたってたぶん10分ぐらい。
スーツケース引きながらでも行けそうだと、ちょっと悔しい。

船着き場にはさらにもっと怪しい人々。服どろどろのグレー集団てんこ盛り。
タクシーの運転手が舟の手配に行くと、御者おやじが金払えと言ってきたので、
ついに来たなと。
「全部払ってある。彼(運転者)にきけ!」
断固突っぱねます。
そしたら、あっさり引き下がったけど、馬車は降りてくれと。
そこへ運転手が戻ってきて、チャーターしたのはあの舟だと指さしました。
けっこう大きい。
詰めれば20人以上乗れそうで、すでに数人乗っている。

と、怪しいおやじがわたしのスーツケースを担ぎ上げたので、
「ちょっと待ったあ」ととめようとすると、運転手込みでまわりの数人が
「ダイジョーブ!(日本語)ノープロブレム!」と一斉に。
そのままみんなぞろぞろ舟へ。

でも、桟橋もなーんもないので船に乗るには膝まで海に入る。
靴脱がないと革靴ピンチ!
「靴脱ぐんだよね?」ときくと、
両側の小汚ーい兄ちゃんふたりが「担いでいくからノープロブレム」
と言った瞬間もう、わたしを担ぎ上げて舟へとダッシュ。
ヒェーッと叫び終わったときには舟の上に下ろされていました。
左側の兄ちゃんが下ろし際にわざとおっぱいに触った気がした。
割り切れん。
こいつら大井川の悪人足か?(時代劇ドラマ参照)



などなどと動揺しているわたしに、
3人(悪人足×2+スーツケース運び×1)が
いやらしーい笑顔と文字通りの揉み手でチップくれと迫ります。
「全部払ってある。彼にきけ!」と運転手指さそうとしたらもういない。
くーっ。
でも、実際靴脱がずにすんだし、荷物もなあと、失礼にならない最低額を考えます。
「3人で10,000でどう?」
あっさりOK。
されると多すぎたかと後悔の波が押し寄せ……。
日本円で130円ぐらいなんだけどね。
ひとりが札を受け取って立ち去ると、残りふたりがまた「チップ」と寄ってきます。
「3人でって言ったでしょ!」とはねつけると、あっさり退去。
どーもここの小悪人は一応言ってみようの淡泊系らしい。

舟では島のダイヴショップで働いているというおっちゃんが話しかけてきて、
けっこーダイヴィング話で盛り上がり、
30分ほど穏やかな海を進んで無事島に到着したのでした。

スーツケースは舟のお兄ちゃんが下ろしてくれ、今度は靴を脱いで自力で下船。
島での日々が始まりました。

で、数日後ふと思ったのですが
あの舟はわたしがチャーターしたはず。
なのに礼ひとつ言わず堂々と乗っていた、どう見ても舟の乗組員ではない数人の人々。
あれはいったいなんだったんでしょう。
ひょっとしたらプライベート・ボートって、乗合い船が満員になるのを待たずに出発させる料金だったのかな?

島はなにもないところで
ひたすら海に潜って楽しい日々を送りました。
日本人があまりいないので珍しがられて島人に大人気!
(って自分で言うかと後日友人にあきれられました。)
一緒に潜ったイギリス人カップル、ノルウェー人カップル、
オランダ人カップルなどと仲良しになり
(ハネムーン・アイランドと呼ばれるくらいカップルが多い島だとのちに知りました。
欧米人って本当になにもない静かなところが好きな人、けっこう多いよね)、
2、3日ですっかりひとり旅じゃなくなっちゃいました。

しかし、島を発つ前日にわたしたちの目前で公共の渡し舟転覆、
バリに戻ってチャンディダサ滞在中に例のテロ事件、
さらにはチャンディダサで友だちに勧められた魚料理の食堂に行こうとしたら、
村間の抗争で焼き打ちにあってなくなっていた、と、
なんだか事件が脇をすーすーかすめていく旅でもあったのでした。

次はフィリピンのパラワンだ。

<第五回終わり>





ヒロキアキコ

女性
都内在住
自由業
趣味 : 旅行、海中生物観察


(今回の画像は執筆者の撮影です。)



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