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『Modern Times』


憧れのスターが、40年後にどうなっているか。
貴方は想像したことがありますか?

ボブ・ディランがフォークギターをエレキギターに持ち替え、騒音の中で言葉を吐き出し続けたのは、かれこれ40年前です。
その言葉の意味が良くわからなくても、音と鋭いボーカルは身体を貫き、若者を興奮させました。
スターの誕生で、ボブ・ディランはとてつもなくカッコ良い存在でした。


あれから40年。
老年になったスターは、貧相な肉体で、冗談のような口髭をたくわえていました。
ファッションは田舎臭いカントリースタイル。
まるで、落ち目のどさまわりの歌手のような出で立ちです。
40年という月日は、かくも残酷なものなのでしょうか。
しかし、ディランの新譜『Modern Times』を聴いてみると・・・・。



そこで発見したのは、紛れもなく、40年後のカッコ良いディランでした。
予想とは多少違った音楽の展開でしたが、40年前の音楽と同質で、あの時と同じように興奮させられました。
これは、奇跡のような出来事ではないでしょうか。

40年前も、ディランの声はダーティ(汚い)でした。
年老いたブルースシンガー、と形容された声でした。
今は正真正銘の年老いたブルースシンガーで、声も一段のダーティになりました。
恐らく、世界で一番汚い声の歌手かもしれません。
でも、その声で歌われる『Modern Times』は、世界で一番美しい歌声の数々です。

ディランはアメリカ人で、当然ですが、アメリカの音楽を聴いて育ちました。
『Modern Times』で奏でられているのは、そのアメリカのルーツミュージックです。
カントリー、ブルース、フォーク、トラッド、ヒリビリー、ポップス。
『Modern Times』を聴いていると、アメリカの最大の誇りは音楽に違いないと確信します。
それほど豊饒で、それほど心に染み入り、心を躍らさせます。



意外だったのは、スローなテンポでポップスやハワイアン(!)を奏っていることです。
しかも、それがとても自然な感じで、いつの間にか夢心地。
これほど心を開いたディランと遭遇するとは、思ってもみませんでした。

アルバムタイトルの『Modern Times』は、直訳すれば現代です。
ディランの詩は難解(というよりトラッドの素養がないと分かり難い)で、わたしには手に負えませんが、言わんとすることはアルバム全体を聴けば理解できます。
端的に言えば現代批判で、痩せ細った現代の音楽に、豊饒なルーツミュージックを対置させています。
そして、問われているのは「人間とは何か」、「音楽とは何か」という根本です。

ディランの外見は、すっかり老いて、ダサダサです。
声量も衰え、声の汚さも増しています。
しかし、『Modern Times』は21世紀で最も素敵なアルバムです。
なぜでしょうか。

まず上げられるのは、ルーツミュージックの取り込み方が見事だからです。
アレンジとバックミュージシャンの腕が確かなこと、楽曲も粒ぞろいです。
ディランのボーカルも、音域は狭いながらも、しっかりまわっています。
スウィング、してます。

そして、最も肝心なことは、音楽にスピードがあることです。
フォークギターからエレキギターに持ち替えた時の、スピードが衰えていないことです。
そして、そのスピードがディランをディランたらしめている、カッコ良さなのです。

「Like A Rolling Stone」から40年余り。
憧れのスターは、やはり輝いていました。
これは、驚異です。