iGallery's eye



iGallery's eye vol.7
「Dolls」郷司基晴・三浦和紀展

テキスト

 

WebサイトのiGalleryは、iGallery's eyeという展覧会を企画してまいりました。
今回、vol.7として「Dolls」郷司基晴・三浦和紀展を開催いたします。

「Dolls」郷司基晴・三浦和紀展はバービー人形を使用したインスタレーションです。
バービー人形はご存知の通り、アメリカのマテル社が1959年から販売している着せ替え人形です。
その50周年記念モデルは、デビュー当時のゼブラ柄のスイムスーツとサングラスなどのセットです。
その記念モデルを約150体使用して、独自にヘアメイクを施し、衣装を自作して展示したのが今回の展覧会です。

作家の郷司基晴さんは写真家で、数冊の写真集と多くの展覧会で知られています。
三浦さんは工芸家で、多彩な技法の持ち主です。
お二人はプライベートでもパートナーで、元々はバービー人形のコレクターでした。
そのコレクションの一部は、わたしのiGalleryで二度に渡って紹介させていただきました。
そして今回は、現代美術作品のマテリアル(素材)としてバービー人形を使用しています。
展覧会は、郷司基晴さんと三浦和紀さんのコラボレーションの形式を採ってします。
ただし基本的には、合作ではなく、一人がバービー人形一体を最初から最後まで仕上げています。
つまり郷司さん作の人形と、三浦さん作の人形が入り混じって展示されています。

郷司さんと三浦さんの「Dolls」を見ていると、遠い学生時代に読んだ一編の短編小説が思い出されます。
それは江戸川乱歩の『押絵と旅する男』です。
江戸川乱歩は探偵小説が有名ですが、この短編は文芸小説で、耽美的な色彩の濃い作品です。
押絵とは、厚紙を花鳥人物などの形に切り抜き、綿をのせて美しい布で包み、物に張り合わせた細工です。
羽子板や壁掛けなどに用いられています。


私(小説の語り手)は富山の魚津に蜃気楼を見に行った帰り、汽車で上野まで行こうとします。
汽車の客車には中年の男しか同乗者がおらず、私は男の持つ風呂敷包みに興味を持ちます。
男は風呂敷包みの中身を汽車の窓に立て掛けていたのです。
しばらくして男と私は挨拶を交わして、話を始めます。
そして、その風呂敷包みの中身である押絵を見せてもらいます。
押絵には、若い女と老人が睦まじくしている姿が描かれていて、それはまるで生きているようでした。



男は、押絵の由来を話し始めました。
話は男の青年時代に遡ります。
男には兄がいて、兄はある時浅草の12階(搭)で双眼鏡(遠めがね)で絶世の美女を見ました。
しかしすぐに見失ってしまいました。
その時から兄はその女に恋い焦がれ、毎日のように12階に上って、女を探したのでした。
しかし女は見つからず、兄の恋やつれは増すばかりでした。

心配した男が兄に事情を聞いた日、丁度その日に、兄は美女と再会しました。
しかし再会した美女とは、双眼鏡に映った、浅草の覗きからくりの中の押絵の女でした。
双眼鏡で見た為に、実在の女と勘違いしたのでした。
押絵は、八百屋お七と吉三の濡れ場でした。

それでも兄は女を諦められませんでした。
兄は男に双眼鏡を渡し、双眼鏡を反対側から見るように言い渡します。
映った兄は押絵の人物のように小さくなり、そのまま消えてしまいます。
驚いた男は、方々兄を探しますが見つかりません。
そして、覗きからくりの押絵の中に兄を発見します。
あのお七の横で、(吉三の代わりに)幸せそうな顔で収まっている兄を。

それから三十年余り、風呂敷の中の押絵は、男が覗きからくりから買い取った、あの時の押絵でした。
押絵の中の女は歳を取らず、その美しさに変わりはありません。
哀れなのは兄の方です。
人間が無理やり人形になったのですから、普通に歳を取り老いていったのです。

兄が押絵の人となった後、男は両親と共に富山に移り住みます。
男は久方ぶりの上京で、兄にも変わった東京を見せたいと、汽車に「同乗」させたのでした。
話が終わってしばらくすると、男は親戚で一泊すると言い、途中下車します。
その後ろ姿は、あの押絵の中の兄そっくりでした。



『押絵と旅する男』と郷司基晴さんと三浦和紀さんの「Dolls」とは、直接の関係はありません。
わたしの妄想の中で、その二つが結びついただけです。
人形の妖しい魅力が、哀しくも美しい物語を連想させただけです。
しかし人形には、そういった想像力を喚起させるモノがあります。
人の道を誤らせるような、危ない魅力があります。

同じプロトタイプ(原型)から、想像力豊かに創られた約150体のバービー人形。
それを個性豊かな現代人の多様性とみるか。
それとも、外見を飾り立てただけの、中身の変わらない、大量生産された人間とみるか。
あるいは、消費社会の徒花とみるか。
それは貴方の自由です。
わたしのように、人形に幻想をふくらませるも自由です。
そこに置かれたバービー人形たちは、どんな解釈でも許します。
微笑みながら、貴方のエスコートを待っています。

2010年3月 iGallery ふくだ まさきよ

iGallery's eye vol.7 「Dolls」郷司基晴・三浦和紀展のご案内

『押絵と旅する男』(日本ペンクラブ:電子文藝館)
自主製作アニメーション『押絵と旅する男』
iPhoto「押し入れのバービー」
iPhoto「BARBIE AGAIN」