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「記憶と夢」(2)


映画には夢や回想のシーンがよくあります。
現実と変わりない映像のケースもありますが、常套的な映像手法としてモノクローム映像があります。
夢の場合は、そこに変形が加わってシュールな映像になる場合も多いですね。
いずれにしても、現実とコントラストをつけるためにそのような効果が使われます。

夢は、概ね記憶を基にReMixされたものです。
願望や不安が形を変えて、記憶をReMIxします。
記憶は現実空間だけではなく、写真や映画もその一部になっています。
ですから、写真や映画で見た場所の記憶が、夢では実際(?)の舞台になることもありえます。



1900年代初頭のニューヨークです。
摩天楼が建ち並び始めた時代です。
20世紀がアメリカの時代だとしたら、その中心はニューヨークです。
エンパイアステートビルの向こう側はセントラルパーク。
そう、見えますね?

この画像をレタッチ前の画像でご覧になったら、誰もニューヨークと思わないでしょう。
新宿南口の風景、と思うでしょうね。
レタッチのトリックです。



白昼の誰もいない街を想像したことがありますか。
電車を降りて街に出てみたら、人が誰も歩いていない。
クルマも走っていない。
お店は開いているのに、人が誰もいない。
真夜中ではない証拠に、上空は青い空と白い雲。

わたしがよく想像する「夢の景色」です。
この想像の原形は、高校時代に観た映画「太陽はひとりぼっち」です。
皆既日食で人の途絶えた街を一台の馬車が走っていく。
車輪の音が無人の街に響き渡ります。
その映像はまるで夢のようでした。
単純なわたしはそれが脳裏に焼き付いて、わたしの「夢の景色」になりました。

近年ではトム・クルーズ主演「バニラ・スカイ」のマンハッタンのシーンが印象的です。
陽光に照らされた無人のマンハッタン。
ひたすらその街並みを走り続けるトム・クルーズ。
こちらは実際に映画の中の夢のシーンでした。



早朝なのか、夕暮れなのか、裏通りのビル街。
妖しく輝く一つの窓。
夢の中のわたしは好奇心にかられて、そのビルの階段を上り始めます。
「止めろ」、と心の中で叫ぶもう一人のわたし。
ドアを開けて、わたしが見たものは・・・・。
それが何であったのか、目覚めた今は思い出せません。
恐怖心だけがわたしの身体に残っています。



夢で不思議なのは、現在の自分が昔住んでいた家で生活したりしていることです。
時間の整合性がないことですね。
小学校から高校まで過ごした小さな店舗の二階の住居。
そこに現在のわたしが生活している。
わたしの意識(願望や不安)が記憶をReMixして、そのような情景を夢の中の日常に換えます。



消費者金融「アイフル」の看板は今日の風景。
でも、手前の信号機は遥か昔のような気がします。
空も、心なしか遠い過去の様。

遠い過去の記憶や夢がモノクロームでボンヤリしているかどうかは、分かりません。
鮮明な過去や夢もあります。
つまり、モノクロームや不鮮明さは「記憶や夢のイメージ」なんですね。
人が心に描き出す映像や情景を指し示したモノなのです。

そのイメージはいつ確立されたのでしょうか。
不勉強なわたしにはあやふやな答しかありませんが、多分映画以降ではないでしょうか。
映像と音(マルチメディア)が喚起するイメージの力は、それ以前とは比較にならない影響力を持っています。
定かではないはずのイメージを科学的に分析、応用したのがPR(広告、公報)です。
現代のCMのほとんどはそのイメージに立脚しています。
騙されないように、気をつけましょうね!



今回使用した画像はすべて今年撮影したものです。
例によって、初級者のレタッチです。
ご笑覧いただけたら、幸いです。