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「探偵物語(81)」


ご無沙汰しています。
一時、消費者金融の過払い利息で少し忙しくなりました。
弁護士がそれで多忙になったので、面倒な調査の仕事がわたしのような零細事務所に降りてきたのです。
しかしそれも長続きしませんでした。
懇意にしていて、仕事を回してくれる弁護士が暇になってしまったからです。
弁護士間の競争も激しく、結局は営業力のある所に依頼が集中したのです。
弁護士も他の業界と同じで、(程度の差こそあれ)営業が勝負なのです。

冬場はネコの探索の依頼も少ない時期です。
そういう時は事務所でじっとしていて、余計なことは考えないようにしています。
考えてもしょうがないし、まぁ何とかなるものです。
少ない仕事を真面目にしてさえいれば。



以前も書きましたが、探偵事務所への依頼で最も多いのは不倫の調査です。
その次に多いのが、失踪人、家出人の所在確認(捜索)です。
わたしがこの仕事に従事し始めた頃と比べて、家出人の所在確認は特に増えている感じはしません。
しかしその依頼時期は以前より遅くなっています。
家出、失踪から相当な時間が経ってから、探偵事務所に駆け込むケースが多くなったのです。
その昔であれば、数日の不在でも依頼がありました。
今では数ヶ月経過してからの依頼も珍しくありません。

なぜそうなったか、素人なりに考えてみました。
まず思いつくのは通信の発達で、連絡しようと思えばいつでも連絡できるという安心感です。
いうまでもなく、今の時代では携帯電話の普及ですね。
年頃の少女が数日帰ってこなくても、そのうち携帯で何か連絡してくるだろうという、安心感です。
連絡が取れるという手段さえあれば、根拠もなく、安心してしまうのです。
何かあればそっちから連絡があるだろうという、思い込みで。


次に考えられるのは、居ても居なくても、大して変わらないという事情です。
驚くべきことかもしれませんが、今の家族はそうなっています。
居なくなっても別に(特に)困ることもない。
居ないなら居ないなりに、何とかやっていける。
もちろん家計を支える家族の失踪は別ですが、それ以外では、存在の有無に差がなくなっています。
(家計を支える家族の失踪でさえ放置されるケースもあります。家に蓄えがあったりすれば。)

これはどういうことかといえば、家族に役割がないことを意味しています。
必要不可欠な役割が家族の一員にあれば、直ぐに探すと思います。
家族の手に余れば、わたしどものような専門家に頼ります。
しかし、家族のそれぞれに役割がない。
だから、捜索依頼をなかなかしないのです。



その昔は、家族のそれぞれに与えられた仕事(労働)がありました。
それをこなすことは、家族として当然のことで、もしそれが欠けたら日常生活に支障が出ました。
仕事は概ね肉体労働ですが、精神的な部分も含まれていました。

家族に与えれた仕事は、家の単位が小さくなり、家事労働が軽減されると徐々に減っていきました。
家電の普及が主婦の仕事を極端に軽減したのが、その典型です。
そして家事労働の外注化、つまり企業が家事の代行をするようになると、家族に残された仕事はほとんどなくなってきました。
外注化とは、例えばスーパーの総菜が豊富になって、料理の手間がなくなることです。
(もっとも事態は同時進行かもしれません。家族の生活時間がバラバラになったので、総菜の需要が増えたというように。)



家族とは、いうまでもなく社会集団の最小単位です。
これが正常に機能しなくなると、社会全体に影響を及ぼします。
そして家族は社会の変化に影響を受けます。
深夜労働や塾に通うことが普通になり、食卓を中心にしていた、家族の生活時間はバラバラになります。
前述した家電の普及、つまり産業社会の進化も家族の労働形態を変えました。

家族という当たり前のものが、少しずつ変わっていく。
そしてその役割も少しずつ減っていって、極端なことをいえば、単なる共同生活者に過ぎなくなる。
そんな事態が、家出人の所在確認の依頼を遅らせているように思えます。
問題はドラスティックな変化ではなくて、少しずつ変わっていったことです。
目に見えないところで変わっていく変化なので、気がついた時は、後戻りが難しくなります。



振り返って考えれば、わたしの家族も相当に変わっています。
子供はいないし、妻とは仕事の関係で十年以上も別居。
(週に一回以上は会っていますが。)
両親とは同じ敷地とはいえ、住居を別にしています。
妻や両親と家族を確認するのは、かろうじて食事の時間だけです。

役割がなくなると、家族という縛りから解放され、好きなことを好きな時間にやる自由を与えてくれます。
そしてそれが、(まわりまわって)日本の経済を支えているような気がします。
(これも経済が先で、役割の喪失はその結果に過ぎないともいえます。)
そういう経済が健全であるかどうか、簡単には結論が出ません。
家族という最小の帰属を失った人間の、孤独の深さの程が実感されるまでは・・・・。



もう一度考えてみたいと思います。
かつて家族には役割がありました。
その役割の持っていた意味とは何だったのでしょうか。
そして、豊かさがそれを奪ったとしたら、その豊かさの中身を考えてみたいと思います。

ヒマな探偵には、お似合いの宿題のような気がします。