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「探偵物語(79)」


その日、わたしは事務所で書類の整理をしていました。
近日中に報告書を書かねばならないので、溜まった書類から報告に必要な部分を抜き出す作業です。
予想外に時間がかかって、K市の事務所を出たのは夜の10時でした。
疲れていたので、帰宅するとシャワーも浴びず、ビールを一缶空けて直ぐベッドに入りました。

翌日の昼、昨夜近所で重大な事件が起きていたことをテレビのニュースで知りました。
真夜中の日が変わる時刻に、大きな火事があったのです。
しかも、その火事で四人が死亡したのです。



わたしの住居はK市とダイナマイトシティの境にあります。
火事の現場は、住居から徒歩5分ぐらいの場所で、ここもダイナマイトシティの外れです。
後で聞くと、大きな火事だったので多数の消防車が出動し、大変な騒ぎだったようです。
そんな騒動にまったく気付かず、朝まで寝ていたのは、よほど疲れていたに違いありません。

火事があった家は木造の二階建で、中規模の大きさです。
全焼で、亡くなられたのは高齢の兄妹の四人です。
テレビのニュースでは、火の不始末が出火の原因のようです。

驚いたのは、亡くなられた高齢の四人の兄妹が同居していたことです。
具体的には、兄一人が85才で、妹三人がそれぞれ82才、81才、77才です。
四人とも独身で、近所の人の話では、兄妹で仲良く暮らしていたそうです。



都市部に比べると、地方は高齢化が進んでいます。
しかし、高齢の四人の兄妹だけで一緒に住んでいるのは異例です。
全員が独身ですが、結婚歴があるのかどうかは分りません。
もしかしたら、生まれてからずっとその家で四人が育ち生活していたのかもしれません。
だとしたら、評判以上の、とても仲の良かった兄妹に違いありません。
(新聞には、敷地内の別棟に弟が住んでいるとありました。その弟は、猛火の中、兄妹を助けようとして近所の人に止められたそうです。)

わたしは職業柄、調査の途上で多くの家族を見聞きしました。。
今家族は、昔のように一様ではなく、いろいろな形態があります。
少子高齢化や独身者の増大は、大家族や核家族とも違う家族の形式を生んでいます。
介護の問題も、今様の家族という形態に重くのしかかっています。

それにしても、高齢の四人の兄妹の家族は特殊です。
このような家族は特殊中の特殊ですが、それでも家族の範疇から外れるものではありません。
いやむしろ、昔の家族の絆のようなものを、そのまま持ち続けた、家族らしい家族かもしれません。



火事から一週間ほど経ったころ、思い出して、わたしは散歩途中に現場を見に行きました。
家は黒焦げの外殻だけを残して、ほとんど燃え尽きていました。
焦げた臭いが、まだ微かに漂っていて、火事の凄まじさが思い知らされます。
玄関と思しきところには、幾つかの花束も添えられています。

現場に立つと、お気の毒という言葉しか思い浮かびません。
燃えた家をしばらく眺めていると、少し違った感慨も浮かんできました。
不謹慎を承知でいえば、亡くなった高齢の兄妹は、必ずしも不幸な最後ではなかったという思いです。
長い長い同居で、仲も良かったという四人の兄妹。
最後も一緒だったというのは、この惨事の中で、微かな救いのような気がしたのです。
(もちろん残された弟さんの思いは別で、単なる第三者の感慨に過ぎませんが。)



人は、家族という単位で生きています。
一人で生活していても、それは単身という家族で、家族以外ではありません。
家族の中の愛憎は、大小様々です。
その愛憎が、家族のエネルギーで、家族の相を決めています。
そしてそれは不変ではなく、少しずつ、あるいは事をきっかけに変わっていきます。

家族は、生と死の中心にあります。
死には順序があって、それが狂うと負のエネルギーが増してしまいます。
やはり、長じた者からが順序です。

火事は一瞬にして、一つの家族を消滅させてしまいました。
順序も何もなく、この異例な家族を消滅させてしまいました。
その暴力的な力の恐ろしさと同時に、家族の意味を、(異例であるが故に)余計に考えさせられました。