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「探偵物語(77)」


梅雨が明けて、本格的な夏がやって来ました。
ダイナマイトシティやK市の周辺には観光地が多いので、夏休みは休日を中心に道が混雑します。

個人経営の探偵には、夏休みも何もありません。
特に休暇を取って、どこかに出掛けけることもありません。

以前に書いたことですが、探偵の仕事で依頼が最も多いのが不倫、浮気の調査です。
不倫カップルは普段は隠れるように、コソコソと行動しますが、遠出のデートは別です。
堂々と愛情を表現しあって、尾行しているこちらが恥ずかしくなる時さえあります。
遠出のデートといえば、当然観光地です。
ですから意外と、探偵は仕事で観光地に行く回数が多く、観光地に詳しくなります。



その日二人は、K市の美術館で待ち合わせをして、クルマで郊外の渓谷に出掛けました。
尾行するわたしはラフなカジュアルファッションですが、一眼レフカメラや三脚をクルマに積んでいます。
依頼者(不倫している男の配偶者)からの情報で、二人が遠出することを知っていたからです。

観光地に、単身でスーツ姿でいれば、目立つこと請け合いです。
観光地には、(今だったら)ポロシャツかTシャツにチノパンツが無難です。
今回はそれに帽子とフィッシュマンベストを追加しました。
アマチュアカメラマンの出立ちを装う予定です。
観光地の利点はカメラでの撮影が自由で、単身の場合は、アマチュアカメラマンが不自然ではありません。



渓谷のハイライトであるS滝です。
この滝を中心に観光地が形成されています。
二人も滝の近くの駐車場にクルマを駐車して、渓流沿いに歩き始めました。
わたしは少し距離を置きながら、背中に三脚を背負い、カメラで撮影しながら追いかけます。

時々近づいて、ノーファインダー(ファインダーを覗かないで)で二人の睦まじい姿を撮りました。
ノーファインダーはおおよその距離だけ合わせておいて、ズームの(ピントの深度の深い)広角系でさりげなく撮ります。
カメラだけ被写体に向けて、わたしはあらぬ方向を向いるので気付かれません。
デジタルなので直ぐに確認できるのも好都合です。
見るからにアマチュアカメラマンの格好をしているので、何の疑いも持たれません。
灯台下暗しと言うかなんと言うか、身に覚えのある方は、観光地のカメラマンにはご注意下さい。



S滝を見上げる観光ポイントのすぐ後に、小さな石像があります。
何の像なのか不明ですが、像には一円や五円の硬貨が置かれています。
珍しい光景ではないのですが、硬貨の置かれた位置は独特です。
無造作ではなく、ちゃんと場所が考慮されているからです。



こんな感じです。
シンメトリーで、硬貨の種類も合わせてありますね。
ナカナカの配慮です。
硬貨の置かれた方も、安定度よりもデザイン性(?)を重視して、若干不安定なものもあります。
それが又、面白い効果(硬貨)を発揮していて、善男善女の知恵に感心させられます。



上は像の横にあった石碑です。
こちらにも硬貨がはめ込まれていて、その工夫の具合は石像以上です。
全体像をお見せできないのが残念ですが、五円玉も効果的に使われています。

石碑の先には岩で出来た短いトンネル(庇)が幾つかあって、そこにも沢山の硬貨が置いてあります。
多くは岩の隙間や割れ目に差し込む形で、無数の硬貨が連なっています。
平たい岩の上には、ばらまいたように、少ない枚数の硬貨が置かれています。
その少なさと散らばり具合が、何ともオシャレで、ここでも善男善女のセンスの良さに手を合わせたくなります。



連なりはこんな感じですが、これは少ない方で、何十枚も連なっているところが幾つもあります。
岩場の至るところに硬貨ははめ込まれていたり、置かれていたりしています。
がしかし、滝に目を奪われいると、意外に気が付きません。
かく言うわたしも、数回目の今回で初めて目に留ったのですから。

石像、石碑からの繋がりで硬貨が置かれているので、これは宗教的行為ですが、そればかりでもありません。
ここには遊びがあります。
お金を本来の目的とは異なる遊びに使うのは、日本人の倫理観では抵抗があります。
しかしここでは、宗教的な行為と遊びが微妙にクロスしていて、抵抗感はありません。
むしろ積極的に参加したくなる要素があります。

それは多分、お金に対するアンビバレンスな感覚が作用しているからでしょう。
お金を愛し、そして憎んでいる感覚が、このような遊びに昇華していると思います。
トレヴィの泉や銭洗い弁天とも共通点がありますが、こちらの方が洗練されているというか、遊び心に富んでいます。
抽象的な記号としての硬貨と、物質としての硬貨が、上手く混じりあって、一つのカタチ(造形)となっているからです。


あっ、硬貨に気を取られていたらカップルは遥か遠くです。
わたしは悟られぬように急ぎながら、後を追いました。
ここで撮られた二人の写真は、後々愛憎を巻き起こすに間違いありません。
その愛憎が穏やかに済むことだけが、わたしの願いといえば、願いですが。
(先ほど、小銭入れから一円玉と五円玉を出して、石像の前に置いて手を合わせたので・・・・。)