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「探偵物語(69)」


最近、人と会えば必ず景気の話が出ます。
例のサブプライム問題から端を発した世界経済の不況の話です。
日本の地方都市の景気の悪さはそれ以前からだったので、今は、駄目押しのような事態になっています。
現状の悪さよりも、更に酷くなるであろう将来の見通しが、余計に人々の胸を押し潰しています。

ところで探偵業ですが、景気の良し悪しと業績に関係があるでしょうか。
答えは有りで、景気が悪くなると、やはり調査依頼は減ってきます。
個人からも、法人からも減ってきます。
(一部の法人から、リストラ=解雇を目的とした調査依頼が増えているそうですが。)
わたしの事務所は個人からの依頼がほとんどですが、ずっと減り続けています。
もちろんそれは景気の所為ばかりではないのですが、主要な因であることは間違いありません。

そんなわけで、相変わらずの暇な毎日ですが、時には変わった依頼も飛び込んできます。
電話の相手は四国のとある県に住む夫婦で、息子の動向を調査して欲しいとの依頼。
Webの検索で、わたしの事務所がヒットしたようです。
息子はこちらのK市の私立大学に進学していて、市内のマンションに住んでいるとのこと。
電話は母親からでしたが、父親は地元で中規模の企業を営んでいて、一家は相当に裕福な様子です。
訊けば、息子の住むマンションも立派なもので、とても学生の暮らすような物件ではありません。



調査の内容は、息子が大麻をやっていないかどうか、調べて欲しいとのことです。
これも昨今の世相を反映している依頼内容ですが、しかし世の中変わったものですね。
親が子供の動向を探偵に依頼するとは、今まではなかったことです。
しかし何であれ、仕事は仕事です。
早速調査に乗り出しました。

まずは調査対象の身辺をあたって交友関係を調べます。
ニュース等で報じられているように、最近の大麻使用者は麻の種から栽培していますから、売人の線は薄いと推測されます。
やはり調べても、その線からは何も出てきません。
やっているとしたら自宅栽培でしょう。

しかしこの大学生、遊び友達がとても多い。
所有しているクルマは高級スポーツカーで、クルマ関係の友達が多いと思えば、ゴルフやパチスロにも入れ込んでいて、その遊び友達も多い。
夜は夜で、ガールフレンドと飲みに出掛けたり、キャバクラにも出入する。
そのガールフレンドも、一定ではありません。

なるほど、なるほど、親が心配するわけです。
遊び好きの性格は今に始まったことではなくて、親も承知していることだったのでしょう。
おまけにクレジットカードは親の通帳から引き落とし放題なので、半端ではない金遣いの荒さ。
どういう教育方針なのか知りませんが、息子のそういう環境を許している以上、心配するのはもっともです。
放蕩で済まない刑事事件でも起こされたら、親子共々困るわけです。
タイミングが悪ければ、全国紙の社会面に載る場合だってありますから。



この大学生、いつ勉強しているのか思ったら、全然勉強などしていない。
それでも何とか進級しているし、友人、知人の評判は悪くありません。
育ちの良さが幸いしているのか、鷹揚な性格と気前の良さに人が集まるようです。
交友に大麻関係の煙はまったく立っておらず、専らアルコールと女の日々でした。

外堀は埋めたので、今度は内堀です。
栽培の有無ですね。
大概は押し入れかベランダですが、ベランダは無し。
押し入れはどうやって調べるか。

留守中に入って調べると、家宅不法侵入になります。
ではどうするかといえば、法律的にはグレーゾーンな方法を用います。
一例を挙げれば、マンション、アパートの配管の検査とか何とか断って、押し入れや収納庫を開けてもらうのです。
ユニフォームを着用して、金属探知器のようなものを持参し、入居者立ち合いで室内に入ります。

警察官と違って、探偵には何の権限もありませんから、どうしてもグレーな領域で調査しなければならない時があります。
もし怪しまれたらお終いですが、それも含めて探偵の力量になります。
大概の場合、役に成りきって適当な専門用語の幾つかも発すれば、まず怪しまれることはありません。

それでもって、大学生の部屋の押し入れには、寝具以外何もありませんでした。
他の部屋を物色しても、栽培キットや喫煙器具は見当たりません。
まずシロと見ていいでしょう。
わたしはまず両親に電話で一報を入れて安心させ、後ほど報告書と残金の請求書を送る旨伝えました。

一件落着ですが、ここで終わってしまっては面白くありません。
どうも最近の大麻取り締まりと報道には、個人的に納得できないのです。
普通探偵といえば、麻薬を取り締まる方に回りますが、わたしは別です。
取り締まったり、報じたりする方を調査したくなります。
どうも、何かヘンなのです。
実をいえば、わたしは大麻については若干の経験と知識があります。
それは、遠い昔の話ですが・・・・。



わたしが大学生だった時、ゼミの先輩に一風変わった人がいました。
先輩は四年生でしたが、留年を重ねているようで、何回目の四年生なのか不明でした。
海外、特に東南アジア方面の旅行が趣味で、年に何回かは後輩を引き連れて出掛けていました。
とても面白い旅行という評判でしたので、わたしも一度だけ同行させて貰ったことがあります。

渡航先は小さな島で、そこで1週間ほど何をするわけでもなく、ただダラダラと過ごします。
それでも充分に楽しい環境で、ほど良く野生な自然と、素朴で美味しい料理で飽きません。
ここに来てわかったのは、引率した先輩の趣味が大麻で、到着初日からレクチャーがあることです。
レクチャーは大麻の簡単な歴史と取り扱い法で、直ぐに実践、つまり喫煙に入ります。
その島で大麻が合法か否かは知らされていませんが、違法であっても、特にお咎めがない様子でした。

まぁ、そんなわけで、わたしは多くの大麻経験者と同じく、海外で最初に経験したクチです。
先輩の喫煙法は豪快で、ぶわ〜っと太い煙を吸って長い時間息を止め、ほとんど肺で吸収して、ユックリと息を吐き出します。
先輩は吸い溜めとばかり、一日中トリップしていましたが、引率されたわたしたちは、精々が一日一服か二服です。
大麻の影響には直ぐに馴れて、ハッピーであっても、危険なことは皆無でした。

帰国後、大麻に興味を持ったわたしは先輩に話を聞いたり、関係書籍を読んだりしました。
当時(今もそうですが)書籍のほとんどは大麻無害論で、先輩は無害論を身体で証明しているような人でした。
先輩やわたしの経験では、身体的依存度はもちろんなく、精神的依存度もアルコールと同程度かそれ以下です。
留年を重ねた先輩もいつの間にか卒業して、後遺症などなく、ごく普通の社会人になっていました。

問題があるとすれば、喫煙時の強い感覚への作用です。
精神は安定して落ち着きますが、五感は鋭敏になって、音楽を聴けば、音楽そのものと交わっているような感覚になります。
初心者がもしそのような状態でクルマの運転をすれば、やはり危険だと思います。
意識が運転以外の何かに集中してしまう可能性があるからです。
飲酒運転が危険なように、大麻の喫煙運転も危険といえます。

前述したように、最近大麻の取り締まりが厳しくなって、学生や著名人の逮捕が新聞やテレビで報じられています。
以前の無害論の誤りも指摘されているようです。
そこで主だったWebサイトや新聞、テレビを見てみました。
ところが、全然説得力のない有害論ばかりです。

客観性のあるデータの実証がほとんどなく、単に症状や後遺症などの羅列です。
症状として交通違反、万引きなど違法行為を引き起こすとの記述には、呆れてモノが言えません。
ともあれ、わたしの経験では考えられないような症状が多く、ほとんど信用できません。
それも、薬物乱用防止を掲げた代表的な社団法人のサイトがその程度ですから。
大麻精神病などというわけのわからない病名まで出てきますが、その実態には何の科学的根拠もありません。

ある物質を摂取して、その影響を調べる場合、服用する量と服用する間隔に注意することは当然の前提です。
どんなものでも一度に大量に摂取すれば害があります。
これもアルコールを例にとれば分りますが、一気飲みのような一時の大量摂取は急性中毒に陥ります。
通常の常識的範囲における摂取と常用で、どのような影響が出るかを調べることが肝要です。
因果関係が確定されていない場合は、その旨をキチンと記すべきです。



大麻取締法の罰則は決して軽くはありません。
検挙された大学生の多くは退学で、売買に携わっていたものには実刑判決が出ています。
それなのに、大麻がどのように有害なのか、ちゃんとした説明がありません。
テレビや新聞の番組、記事を見ていても、科学なデータで証明しているものは皆無です。
これはとても不可思議なことです。
大麻からハードドラッグへの移行(ゲートウェイ理論)にもデータがないし、大麻を使用しての犯罪というのも聞いたことがありません。

そんな中、唯一信頼できる有害論がWebに出ていました。
動物行動学者の竹内久美子さんの「大麻はタバコと同様に有害」です。
竹内さんは、大麻がソフトドラッグで、ヨーロッパ諸国で解禁(容認)の流れがあることを述べた上で、大麻の害について記しています。
無害論の根拠がイギリスの科学雑誌『ランセット』などに依っていて、その信頼性を認めながら、弱い依存性と大麻のタールに含まれる発ガン物質の害を指摘しています。

竹内さんによれば大麻の健康被害は少なくともタバコと同程度であり、そうであれば、タバコの害を知っている以上、解禁すべきではないという論理です。
タバコは害があっても既成事実として許可されているが、もし大麻に解禁の是非を問われたら、そうなるとの理屈です。
一理ある理屈ですが、裏を返せば、タバコ同様自己責任とマナーでこの有害論はかわせます。
自分自身の健康の問題は自分自身で責任を持ち、喫煙のマナー(クルマの運転とか)を守れば良いのです。

いずれにしても、大麻の問題は大したことではないと思います。
親が探偵を使って調べることでもないし、人生を狂わせるような薬害のあるものでもありません。
好きな人には吸わせておいて、関心のない人や嫌いな人は放っておけば良い事柄です。
もちろん、学生の所業を大学の理事や教授が謝る問題でもありません。

そんなことよりも、植物でいえば、食用の遺伝子操作の方が大問題ではないでしょうか。
大麻ごときに躍起になっているのを見ると、何かウラがあるのではないかと思ってしまいます。
そういえば、タバコの煙も異様に嫌われていますね。
世の中がどんどん余裕を無くしていって、隙間という隙間を埋めようとしています。
大麻もタバコも、隙間に咲く花というか、一時の休止符としてはとても良いものだと思うのですが。

つまり、そういう隙間を許さない意志が、権力なりシステムなりで強くなって来ている。
そういうことになりますね。
これを広く人間という観点からみれば、自分で自分の首を絞めているに等しい行為です。
なぜなら、隙間こそが人と人の間にあって、人を結びつける要素だからです。
探偵は、そう考えます。