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「探偵物語(68)」


わたしの遠い記憶の底に、S湖という湖の名前があります。
小学校のころに遠足で、それとも家族と出掛けたのか、憶えていません。
すっかり忘れていたS湖の名前を思い出したのは、調査でS湖の麓(ふもと)まで行ったからです。
身辺調査の対象の男が、以前麓の町に住んでいました。
調査自体は簡単なもので、一時間ほどで終り、直ぐに事務所に戻るつもりでした。

S湖。
ここからそれほど遠くはないようです。
S湖まで行けば、記憶の本体と会えるかも知れません。
少し躊躇した後、クルマを山の方に向けました。

S湖という矢印の標識を過ぎてしばらくすると、山道に入りました。
曲がりくねった道を上っていくと、又標識があって、S湖が近いことが分りました。
麓から20分ほどで、唐突にS湖は姿を見せました。
S湖とは総称で、二つの小さな湖と一つの池のことでした。



エメラルド。
S湖の湖面は、まさにエメラルドでした。
二つの湖は、500mほど離れていて、南S湖と北S湖と名付けらています。
上は北S湖です。



こちらは池です。
池は南S湖の隣りにあって、白鳥が一羽、優雅に泳いでいます。
時刻は昼の一時。
周りには、誰もいません。



湖畔です。
わたしが想像していたS湖とは、まったく違います。
遠足や観光とはほど遠い雰囲気で、山の中にヒッソリと、隠れるように佇んでいます。
記憶の中のS湖は、こんな奥深い場所ではなく、行楽やハイキングで賑わっていました。

本当にわたしはここに来たことがあるのか・・・・。
絶対あるはずなのに、眼前の景色を見ていると、記憶の自信が揺らいで来ます。



南S湖です。
それにしても、静かです。
聴こえるのは鳥のさえずりだけ。
現実とは思えない、静寂です。



ご覧の通り、S湖は人造湖です。
しかし今は人造湖としての使命を終えて、山の中でゆったりと余生を送っているようです。
この直線路さえなければ、とても人造湖には見えません。

ある特殊な街が、人の何かを吸い込んでしまうように、山の中に潜む湖は、人の何かを吸い込んでしまいそうです。
わたしは一時間ほどS湖で微睡(まどろ)み、クルマを麓に戻しました。
記憶の中のS湖は上書きされて、まったく違うS湖の記憶になりました。
セピアのS湖を失ったのは惜しい気がしますが、わたしは又S湖を訪れそうです。