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探偵物語(46)


前回からの続き

外周の起点を定めるために一旦森林公園を抜け、桃畑に出ました。
視界が大きく開け、梅雨の晴れ間が眼に眩しく飛び込んできました。



ガードレールの向こうは川の鉄橋に通じる道路です。
比較的新しい道路で、その先には高速道路のインターチェンジがあります。
道路からこちら側が、今いる公園のセクションなので、ここを起点に一周することにしました。

道路沿いの下を歩いていると人家はまったくありません。
そのうち鉄橋に出て、その下を交差する土手沿いの舗装道路を右に回り込むと、公園に入る遊歩道が見つかりました。
土手沿いにも人家はありません。
とりあえず再び公園に入ってしばらく歩いてみました。
不定形な森林公園なので、外に出たり内に入ったりしながら一周することになります。



すると突然、公園に侵入する自動車道が眼に入りました。
道路はカーブしたところで雑草に遮られています。
舗装が途切れた先は土の道路だったようで、わずかにその面影を残しています。
手前は公園内の遊歩道で、放置された自動車道と平行しています。

格別変わった風景ではないのですが、わたしはそこで足が止まりました。
この光景には、心を揺さぶる何かがあります。
それが何であるのか分かりませんが、立ち止まって見続けました。
推測すれば、この道路は公園の駐車場につながっているはずです。
しかし当初の目論見と違って、通行量が極端に少なかったので、次第に放置されたのではないでしょうか。


わたしは好奇心につられて、途切れた自動車道の先に向かいました。
自動車道は徐々に上昇していて、孤を描いていました。



樹木に遮られてよく見えなかったのですが、自動車道はさきほどの土手沿いの道から延びているようです。
高速道路のインターのように、道路は緩やかなカーブで頭上を通っています。

そこで、わたしは心を揺さぶったものが何であるか分かりました。
それは、カタストロフィだったのです。
破局という悲劇の一幕を目撃して、揺さぶられたのです。
何が破局したのでしょうか。
それは、文明です。

映画『猿の惑星』の有名なラストシーンを御存知でしょうか。
海岸に打ち上げられた自由の女神の像。
破局したのは猿の惑星ではなく、主人公の住んでいた地球だった。
文明の最後です。
自由の女神が象徴する、西欧近代文明の終焉です。

わたしは『猿の惑星』のラストシーンと似たような版画を見たこともあります。
大きな横長の版画で、描かれていたのは有名な渋谷駅前のスクランブル交差点です。
画面には人の気配が無く、道路や建物には雑草と蔦が生い茂っています。
白昼の奇妙な静けさに満ちた、画面でした。
どのような事情なのか説明がありませんが、人類が滅びた後の光景に間違いありません。

わたしが見たのは、使われなくなった道路に雑草が生えている光景です。
そこから一瞬、白昼夢に飛んだだけです。
その白昼夢とは、森を出た人類が幾つかの文明を経て、最後の西欧近代文明で果てるビジョンです。

美しい直線と曲線で構成されたコンクリートの高架道路。
わたしの好きな造形です。
その造形に込められたのは、自由と進歩です。
永い束縛の歴史から解放されて、やっと得た自由と未来の希望。
しかしそれはまったく錯覚で、森を出た人類の末路だったのかもしれません。
本当は、森の中にこそ安住の地があったのです。



自分の白昼夢と人類の白昼夢を重ね合わせて感慨にふけっていると、突然、後ろから物音が。
公園を周回しているサイクリングの自転車です。
その物音で我に返り、わたしは仕事に戻りました。
ネコを探さねば。
わたしの生活は、ネコにかかっているのです。

起点から半分を過ぎたころ、やっと人家がありました。
農家が数戸と小さな木工場です。
注意深くネコが喜びそうな場所を探しましたが、見つかりません。
諦めて歩き出そうとした時、視界の片隅に何かが・・・・。




木工場の資材置場の陰に、そいつが居たのです。
金属の波型の資材にスッポリ収まるようにして、お目当てが寛いでいました。
恐らくこの辺りを拠点に、人間の様子を窺いながら行動していたに違いありません。


そいつのアップです。

意外に簡単に見つかったのですが、その後が大変でした。
人見知りの激しいネコで、懐(なつ)くまでは持久戦、根比べが続き、やっと二日後に保護(捕獲)しました。
おまけに、保護の際に爪で腕を引っ掛かれました。
昼日中(ひるひなか)に夢など見ていた罰だったのでしょうか。