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探偵物語(25)


以前にも書きましたが、探偵業の調査で多いのは素行調査です。
その中でも、配偶者の素行、つまり不倫の調査の比率が高くなっています。
わたしも数多くの調査を行いましたが、大概は安手のテレビドラマや小説の世界と大差ありません。
失礼な言い方ですが、本人達が思っているほどドラマティックでもなければ、運命的でもありません。
他人から見れば、よくある不倫の一つに過ぎません。

時には、ビックリするような不倫関係もあります。
滅多なことではありませんが、世の中には、信じられないような関係も存在します。
今回は、そんな話の一つです。

わたしが探偵社に就職して、やっと仕事に馴れた頃の話です。
27才前後だったと思います。
ある時、大学時代の同級生から会社に電話がありました。
女性です。
用件は、お願いがある、とのことです。

彼女は整った顔立ちで、しかも行動力に富んだ人でした。
同級生の女性の間でも、際立ったところがあって、密かに憧れている男子学生も少なくありませんでした。
わたしも、その一人です。
もっともわたしは小心で、身の程をわきまえていましたから、同級生の付合いで満足していました。
たまたま彼女と共通の友人がいたので、卒業後もお互いの消息は知っていました。

その彼女から、電話です。
期待するなといっても、無理な話です。
わたしは期待に胸を膨らませて、待ち合せの日を待ちました。



待ち合せのティルームに現れた彼女は、学生時代と変わらぬ笑顔で席に着きました。
コーヒーを注文すると、さっそく話を切りだしました。
彼女は、不倫をしている、と単刀直入に語り始めました。
わたしは、驚くと同時に(少し)ガッカリしましたが、この飾らぬ言動も彼女の魅力でした。

相手はフリーランスの編集者で、奥さんと共同で編集事務所を運営しているそうです。
奥さんが経理事務を担当し、男と二人のアシスタントが編集実務をしています。
彼女はインテリアのコーディネーターで、仕事で男と知り合ったそうです。
男は彼女より年上で、三十五才です。

付き合ってすぐに、妻子がいることを知りましたが、男には、それだけでは説明できない不可解さがありました。
そう、彼女は話しました。
女の勘とでもいったらいいのか、どうも怪しいと。
それで、わたしに調べて欲しいとの依頼です。
こういう場合は、当然「お友達価格」になるのですが、わたしは無料(ただ)で引き受けることにしました。
(正直にいえば、久しぶりに会った彼女の輝きがそうさせたのです。)
仕事の手順も分かってきた時期でしたので、調査日数に期限を設けず、空いた時間に調べる条件で了承してもらいました。

それから二ヶ月ほど、終業後と休日を利用して、男の周辺を調べ、尾行を続けました。
彼女の予想通り、男には愛人がいました。
それも、五人もの愛人が・・・・。

驚いたことに、奥さんはすべて承知で、しかも愛人を管理(マネージメント)する古参の愛人がいました。
お局(つぼね)さんみたいな、愛人です。
キーパーソンはこの愛人なので、身分(探偵)を伏せて、大学時代の友人の件として直接話を訊きました。
愛人はすでに彼女のことを知っていました。
いずれ正式(?)に愛人の仲間入りをする、と話しました。

管理という言葉は少し語弊があって、この愛人の役目は、奥さんを含めた愛人間の相互扶助のまとめ役です。
どういうことかといえば、奥さんも愛人達も自分の立場に特に不満がなく、この関係が続くことを願っているのです。
もちろん、本心は別かも知れませんが、今のままでも満足しているのです。
むしろ、この関係が崩れることを恐れています。

要約すると、男を中心にした愛情システムの、システムマネージャーが古参の愛人です。
新参となる彼女は、ユーザー登録を古参の愛人にして、晴れてシステムに加入できます。
加入後、もし不具合等があれば、古参の愛人がサポートしてくれる仕組みです。
見返りは古参の愛人へのリスペクトで、システムからの退出も自由です。



男は、ごく普通の中年男です。
特にモテる風には見えません。
しかしマメで、愛情表現を臆することなく発します。
(これは彼女から聞いた話です。)
色気が過剰なタイプではなく、男のわたしから見ても、誠実そうでどこか魅かれる雰囲気がある人です。

一応の調査を終えて、再び彼女とティルームで会いました。
報告を聞く彼女は、多少の驚きを見せたものの、終始得心したような表情でした。
それでどうするの、とは訊けず、話題は大学時代の友人の話に移りました。
その後、彼女とは会っていません。
噂では、独身を通しているそうです。
調査のお礼に貰ったビジネスバッグは、彼女らしくセンスが良い品物で、今でも出張時に使っています。

一人の男と多数の女でいえば、映画「黒い十人の女」とか俳優の火野正平が有名です。
どちらも古い映画、話題ですが、前者は市川崑監督の名作で、後者はその言動が一時芸能週刊誌を賑わせました。
今の時代は、自由な時代といわれますが、婚姻関係は別のようです。
法的には一夫一婦制以外を認めず、一般の反応も、それ以外は侮蔑と羨望が入り交じった複雑な感情を示します。
乱婚や雑婚などいいう言葉にも、どこか軽蔑が含まれています。
自由主義の自由の範疇外に、本当の自由の意味や自由主義の欺瞞が隠されているのかもしれませんね。

わたしの、あの時の調査経験からいえば、一夫多妻や一妻多夫も、充分に合理的なシステムと感じました。
常識や偏見を棄てれば、意外な社会の実態が見えてきます。
そこが、なんだかんだと言っても、探偵業を辞められない理由かもしれません。