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「青空と空白」


二ヶ月前のことです。
用事があって、駅前通りの商店街を歩いていました。
商店街といっても歩行者は少なく、クルマが主役の通りです。
ふと目に留まったのは、ロードサイドの店舗です。


確か、ここにはチェーンのドラッグストアがありました。
看板を見ると、何も書いてありません。
駐車場へ入口もグリーンの柵が置かれていて、クルマが入れません。
閉店したようですが、サインも何もない大きな店舗は、通りで奇異な景観を与えています。


白い(実際はアイボリー)看板と店舗が気になって、後日改めて撮影に出かけてみました。
抜けるような青空の日でした。



何も書かれていない、大きな看板です。
よく見てみると、書かれていないのではなくて、以前の店舗のサインをペンキで塗りつぶしてあります。
ロードサイドの看板はクルマをターゲットにしていますから、下に降ろしてみると、その巨大さに驚くことがあります。
この面積を塗りつぶすには相当量のペンキが必要だったでしょう。

青空にクッキリ浮かんだ、(新たな絵を描くために)白く塗りつぶされたキャンバス。
そんなふうにも見えますね。



店舗です。
こちらも、サイン関係はすべて塗りつぶされています。

空っぽの駐車場と閉店したドラッグストア。
侘びしい空間かと思えば、そうでもなくて、単に空白があるだけです。
建物も付帯設備も存在しているのに、存在を証明するものが削除されている。
奇妙な感慨です。
それは、抜けるような青空の所為でしょうか。

通常、閉店した店舗は新たなテナントが決まるまで、そのまま放置されます。
手間ひまかけて、わざわざサイン類を一切消すには事情がありそうです。
思い浮かぶのは、ここに入居していたドラッグストアが近所のショッピングセンターに出店したことです。
店舗の統廃合で閉店した、と想像されます。


ショッピングセンターのドラッグストアです。
上の店舗もこのような意匠でした。
店舗の庇(ひさし)の部分のオレンジ色が、その面影を残していますね。

白く塗りつぶしたのは、顧客に閉店(廃業)の悪いイメージを与えたくないからかもしれません。
それと、間違ってお客が入店しないための配慮でしょう。


それにしても、サイン類がすべて消えた店舗は奇妙です。
ファイル名のないファイルがハードディスクに存在しているような、ありえない状況です。
存在しているのに、アクセスできないファイル。

ロードサイドの店舗にとって、サインは重要な顧客誘導です。
メインの道路には、競うように大きな看板と店舗のサインが並んでいます。
その中で、存在を消されたような店舗。
目立つことを恐れた、空白の店舗です。



空白の店舗のファサードです。
営業時にライトが照らしていたのは、店名のサインです。


わたし達の生活を突き動かしているのは、(残念ながら)消費への欲望です。
買物やサービスへの飽くなき欲求です。
それを誘導するのが、広告やサインが醸し出すイメージです。
街やテレビやインターネットにそれらが溢れているのは、現在のわたし達の風景です。
たかだか半世紀で、風景はそのようなものになってしまいました。

もし、風景に広告やサインが消えて、上の店舗のような空白に変わったとしたら。
わたし達は、今どこにいるのか、何をしていいのか分からなくなってしまうでしょう。
知らず知らずに頼ってしまった道標(みちしるべ)が、消えてしまったからです。