iの研究



第六十九回 <音楽>の研究(5)




前述したように、わたしのデータベースは二百枚に満たないCDですが、iTunes Music Storeにアクセスすれば百万曲のデータベースがあります。
お金がなければ意味のないデータベースですが、一曲単位で即座に自分のデータベースに追加できる意味は大きいといえます。
わたしがiTunes Music Storeで最初に購入可能なアカウントを入力したときは、ちょっと感動しました。
自室にHMVやタワーレコードがあるのと同じ状態になったからです。
24時間、好きなときに音楽を購入でき、それをすぐ部屋で聴くことができる。
オンラインショップでCDをオーダーするのとはまったく異なった感覚です。

膨大なデータベースと繋がっていて、ヒット曲や新譜はいうまでもなく、昔良く聴いた曲や、もう一度聴いてみたい曲も瞬時に聴くことができます。
夢のような話、ですね。
しかも検索を使えば、レコード店内を探し回る苦労もそこにはありません。
(その苦労こそが音楽ファンの音楽ファンたるゆえんですが、その話は置いておきます。)
夢のような話ではなく、iTunes Music Storeでそれが現実に起こったので、iPodの売上げは急増しました。

日本でiTunes Music Storeは今年オープンする予定です。
しかし情況を見ていると、オープンが遅れるか、オープンしても仕様が違う可能性が大です。
何故でしょうか。

半月ほど前、iTunes Music Storeに関する日本の音楽業界を代表する発言が新聞に載っていました。
発言者はSONYかSME(SONYの音楽部門)の重役だったと思います。
そこで問題にしていたのは、業界がアメリカの一会社に乗っ取られる危惧と、iTunes Music Storeの著作権管理のユルさです。
前者はコンピュータのOSをMicrosoftに牛耳られた経験から考えれば、一理ある発言です。
しかしそうでれば、何よりも日本の音楽業界が、iTunes Music Storeよりも優れたサービスを立ち上げれば良いのではないでしょうか。

何故できないかといえば、発言の後段の著作権管理の問題が浮上してきます。
Appleが採用しているのはFairplayというDRM(デジタル著作権管理)です。
iPodへのコピーは無制限で、コンピュータのHDへのコピーも5台まで可能です。
もし5台を超えた場合は、何れかの1台の認証の解除すれば、新たなコピーが可能です。
CDへのコピー、焼き付けも制限付きとはいえ、自由にできます。
(当初は10回の回数制限でしたが、現在は7回です。)

ユーザーが不自由を感じない範囲を想定したのがFairaplayで、実際に使用していても、今のところ特に不便を感じません。
個人的にはDRMそのものに反対ですが、その他のDRMと比較すればかなりマシといえます。
日本でもオンラインのストアは営業しています。
大手レコード会社が共同で運営するストアもあります。
それらが採用しているDRMはSONYのOpenMGとMicrosoftのWMTです。
この二つは似たようなもので、複数台のHDへのコピーは不可、CDに焼くのもダメ、ポータブルプレーヤーへの転送は3回の制限付きです。
(バックアップやコンピュータの買い替えによるデータの移動には複雑な手続きが必要です。)

もっとも厳しいのがExciteのミュージックストアで、買い替えや故障によるデータの移動も一切認めていません。
コンピュータを買い替えたり、HDがクラッシュしたり、OSの初期化をおこなえば、購入した楽曲は消えてしまいます。
もう一度聴きたい場合は、買い直すしかありません。
当然ながら閑古鳥が鳴いていて、店内はガラーンとしています。
(ま、これは売上実績からの想像ですが。)

ガンジガラメのDRMと、対応するポータブルプレーヤーの少なさ、あるいはコンピュータ以外の高価な機器を前提としたシステム(Any Music)。
音楽のリスニングスタイルとメディアの多様化(自室/クルマ/通勤電車、オーディオセット/パソコン/CDプレーヤー/ポータブルプレーヤーなど)を無視した販売規約。
これでは売れるわけがありません。
売り手がまったくユーザーの方を見ていないからです。
(おまけに、ほとんどがMacには対応していません。)

前述の音楽業界を代表した発言には、著作権にユルいFairplayを導入したら業界の秩序が保てなくなる、乱れるとの趣旨の言葉がありました。
ここでいう業界とはレコード会社や著作権でビジネスをしている会社のことと想像します。
ミュージシャンは入っていません。
なぜなら、iTunes Music Storeがオープンして以来、カタログに載っているミュージシャンから抗議があったという話は聞いたことがありません。
賛同したり、iTunes Music Storeに自分のプレイリストを載せるミュージシャンはいますが、著作権のユルさを指摘したミュージシャンはいないと思います。

結局、Fairplayのユルさで困るのは、ミュージシャンでもなく、ユーザーでもなく、著作を複製、流通、管理する業者ということです。
レコード会社や版権管理会社、JASRACのような団体です。
自分たちの既得権が犯され、音楽業界をコントロールできなくなるから、iTunes Music Storeは認められないということです。
音楽はリスナー、ユーザーによって支えられているという視点が欠落した、自己保身だけを考えた発言です。

レコードやCDだけの時代には、メディアを友人と貸し借りするのは当たり前でした。
そうやって広く音楽に接していき、音楽への愛着や愛情が深まりました。
日本のオンラインストアで購入した楽曲には、そういう自由はありません。
購入した本人しか聴けないシステムになっていて、それを他人に貸与することはできません。

iTunesには、ネットワークで繋がったコンピュータが音楽を共有する仕組みがあります。
これはわたしも実験したことがあります。
MacとWindows双方にiTunesをインストールしておいて、片方のiTunesを起動すると、ソース欄にもう一方のiTunesのライブラリも表示されます。
表示されたライブラリは、コピーはできませんが、聴くことができます。
(ファイル共有を使うとコピーもできます。)
音楽の共有の必要性を、解っている仕組みです。

オンラインで楽曲を購入にはするコンピュータが必要だったり、それなりの知識が求められます。
高齢者やコンピュータが苦手な人は多数存在しますから、将来的にオンラインが主流になったとしてもCDも併売されるはずです。
そのCDも、分けの分からないコピーガードが付いていて音質の劣化を招いています。
又、コンピュータではCDにバンドルされた貧弱な専用ソフトでしか再生できません。
まさに、ユーザーにとっては踏んだり蹴ったりの状況です。



そのような事態のレコード会社の大義名分といえば、著作権の保護と文化の擁護です。
CD-Rによる違法な複製やP2Pによるファイル共有で音楽は死んでしまう、という論理です。
CDの売上げが減ればミュージシャンの収入も減り、音楽の衰退を招き、結局損をするのはユーザーであるという論理です。

これは論理のすり替えで、死ぬのは音楽ではなく、現行の音楽産業システムだけです。
音楽は、音楽によって表現したい人、音楽を聴きたいという人がいれば、どんな状況でも存在します。
仮に現行システムが崩壊して、ミュージシャンの収入が激減しても、音楽はなくなりません。
ストリートで、小さなライブハウスで、演奏がおこなわれ、CDの販売もされ、インターネットで楽曲の配信はおこなわれます。
ミュージシャンとユーザーの中間、つまり音楽産業界がなくなっても、音楽は生き続けます。

今のシステムで、音楽を生み出している人=ミュージシャンが、その労力に見合った報酬を受け取っているか。
はなはだ疑問です。
一部のスーパースター以外は本来受け取るべき収益を宣伝費の名目で差し引かれ、手許には微々たる金額しか渡りません。
総売上げとミュージシャンの間には、多くの中間業者が介在していて、大方を吸収してしまいます。
著作権が食い物にされている現実です。

前回の「音楽の研究」で参照した「フリーソフトウェアと自由な社会」の中で、著者のストールマンはこう書いています。

非常に優れた制度を取り替える場合には、より良い制度を準備するために必死に働かなければなりません。
しかし、現行の制度がお粗末なものだということがわかっていれば、より良い制度を見つけるのはそれほど難しいことではないでしょう。
現在の比較基準は非常に低いところにあります。
著作権政策について考えるときは、いつもこのことを忘れないようにしなければなりません。

ミュージシャンを育て、その音楽を配信するというレコード会社の役割を否定するつもりはありません。
ミュージシャンのために働き、ときには援助するという役割は必要なものです。
しかし、現行のレコード会社は著作権を錦の旗にした利益追求集団にしか見えません。
残念ながら、昨今の事態を見ているとわたしにはそうとしか思えません。

著作権とは、そもそもは国民が有していた権利を一時的に著者に託したものです。
複製機材が高額だった時代、持っていても意味のない権利預け、その果実(文化芸術の振興)を授かるという知恵から生まれたものです。
又、法制化当時は出版業者同士争いが絶えなかったので、その権利を制限する意味合いもありました。

DRMやCCCDに対する音楽業界の見解は、著作権の趣旨から見れば倒立した考えです。
しかも、今や複製機器はパーソナルコンピュータの普及で誰でも保有することができます。
音楽製作もDTM(デスクトップ・ミュージック)の進歩で飛躍的に敷居が低くなっています。
インターネットを使えば、誰でも自由に楽曲の配信ができます。
宣伝広報もネットワークの利用によって、安価かつスピーディーに配信できます。
つまり、ミュージシャンと少数の協力者とユーザーがいれば、音楽は流通するのです。
問題はミュージシャンに還元する利益、報酬です。

音楽を享受した人が、そのお礼をミュージシャンに返す方法ですね。
ソフトウェアの世界にはシェアウェアというジャンルがあります。
使ってみて気に入ったら代金を払う、というシステムです。
大概は料金徴収を代行する会社があって、その会社のサイトで支払い手続をします。
なれれば簡単なシステムですが、音楽の場合はもっと簡易でないと難しいでしょう。

ストールマンが提唱しているのは、画面の横に「これをクリックして、ミュージシャンに1ドル送ろう」と書かれたボックスを表示させるやり方です。
邪魔にならないように画面の隅に、そのボックスを必ず表示させます。
音楽が気に入らなければ払う必要はありません。
ストリートのミュージシャンに投げ銭をするかどうか決めるのと同じです。
貴方次第ですが、現実にミュージシャンが手に入れている金額より、それは多くなるだろうとストールマンは予測しています。
(現実のシステムでミュージシャンが手にするのは、売上げのほんのわずかな一部、ということですね。)

このシステムを支えるのはデジタル為替システムです。
この構築もさほど難しいものではないそうです。
このシステムの面白いところは、作品がコピーされればされるほどミュージシャンの得になることです。
多くの人に聴いてもらった方が、集金の機会も多いわけですから。
現状とは逆で、コピーを奨励することになります。



可能性としては、レコード会社や著作権でビジネスをしている会社がなくなっても、音楽が生産され、流通するところまで既に行っています。
あくまでも可能性であって、現実化するには多くの問題がありますが、技術的にはそこまで行っています。
P2PやCD-Rへの違法コピーで売上げが減ったとして、プロテクトや著作権の強化になりました。
例の、違法コピーが音楽が死ぬという論理です。
しかし冷静に現実を見れば、死ぬのは音楽ではなくて業界です。
コンピュータとインターネットの普及が、業界システムを必要としなくなったのです。
だから自己保身でプロテクトや著作権を強化した、と考えても間違いではありません。

前回の「音楽の研究」でグレートフル・デッドを取り上げました。
アメリカ西海岸のロックバンドで、アメリカを代表するバンドの一つです。
デッドはコンサート会場に特別なブースを設けて、観客に自由にそこで録音させました。
その再頒布も奨励しました。

WWWに
Internet Archiveというサイトがあります。
世界中のwebページを保存するプロジェクト(!)のサイトです。
(iGalleryもしっかり保存されていました。)
Internet Archiveに、Audioというコンテンツがあります。
この中に、デッドの大量のライブレコーディングがアップロードされています。

1965年から1995年までのコンサートを録音したもので、その数何と2500ステージ!
アップロードしたのが、バンドなのかファンなのか不明ですが、自由にダウンロードできます。
(バンドとファンの中間にいる人のような気がしますが。)
音質(ダウンロード時間)も選択できて、非圧縮のファイルもアップロードされています。
ストリーミングも可能です。

試しに、最近アップロードされたレコーディングをダウンロードしてCDに焼いてみました。
録音は客席ではなくてオンラインで、良好な状態です。
アップロードされたファイルにはDRMなど埋め込まれていませんから、非商用であれば自由にコピー、再頒布できます。
iPodにも転送してイヤホーンで聴きましたが、デッドの大らかな音楽を堪能させていただきました。

サイトには音楽ファイル以外にも、コンサートに関連したテキストや画像のファイルもアップロードされています。
その日のセットの曲目やステージ写真などもあります。
これも自由にダウンロード可能で、自前でCDのジャケット、曲目リストが簡単にできます。
何とも自由な共有で、デッドの懐の大きさに感服いたしました。

もしこのサイトにストールマンの提唱したボックスがあれば、わたしは寄付したと思います。
音楽を楽しんだのですから、対価を払うのは普通のことです。
そして、焼いたCDを家族や友人に渡して、楽しんでもらうかもしれません。
それも普通のことで、そうやって音楽は親しまれてきたのですから。
デジタル機器の普及は音楽にとって脅威でも何でもなくて、要は使い方なのです。
著作権を、その視点で見直す時期に来ていると思います。

さて、最後になりましたがiPod関係の問題点を幾つか書いてみます。
まずは、iPodの音質です。
iTunes+iPodのデフォルトのファイル形式はAACです。
CD(AIFF形式)の約10分の1の容量で、CDとほぼ同じ音質といわれています。
圧縮(間引き)された音楽ファイルです。

AACは、はっきりいって低音質です。
記憶にあるカセットテープのWalkmanよりも低音質です。
イヤホーンの交換で多少は改善されますが、もともとの音質のクオリティの低さは救えません。
原因は圧縮されたファイルにあります。
同じような圧縮ファイルのMP3も低音質です。
ですからiPodだけではなく、この問題は高圧縮ファイルを使用したプレーヤーすべてに共通します。
(CDに焼いても音が悪いので、ハードウェア以前の問題です。)

メディアの利便性の進化と反比例するような音質の悪化。
MDの音が悪いのも有名ですし、CDを除くポータブルプレーヤーでは最古のカセットテープが最上です。
(音に芯があるという意味では、カセットの方がCDよりも上かもしれません。)
笑えないような進化(退化)ですね。

レコードvsCDでも、レコードの方が音質が良いという意見が大多数です。
このままでは、複製音楽の歴史は音質の悪化の歴史になってしまいます。
もしわたしがミュージシャンなら、やはり良い音質で音楽を聴いて欲しいと思います。
写真家が解像度の高い画質で写真を見てもらいたいのと同じです。

騒音の中では気になりませんが、静かなところで聴くと、やはりガッカリするiPodの音質。
圧縮率が低くて可塑性(元に戻る)Appleロスレスでエンコードしても、向上はするものの、音質に同じ傾向が出てしまいます。
楽曲と圧縮の相性というか、さほど気にならない曲もありますが、それでも音質の低下が確実にあります。

機器の多機能化にばかり目を奪われ、わたし達は音質の大切さを忘れてしまったようです。
ガサツな携帯電話の音質も元凶の一つかもしれません。
あの音に馴らされてしまうと、音の良し悪しが判らなくなってしまいます。

又、iTunes Music Storeでダウンロードする楽曲もAACでエンコードされています。
音質面から考えれば、一曲約110円というのは妥当かもしれません。
決して、安くはありません。
日本のオンラインストアの邦楽はAACと同等音質で300円前後しますから、これはかえって高いといえます。
CCCDではない、まともなCDを買った方が賢明です。
オンラインミュージック、ポータブルプレーヤーで使用するファイルの音質改善を切に望みます。

他に比べればかなりマシといっても、FairplayがDRMであることには違いありません。
こんなものはない方が良いのです。
そのFairplayをめぐって争いが起きています。
iPodは、Fairplay以外のDRMをサポートしていません。
iTunes Music Store以外のオンラインストアで購入した曲は事実上iPodでは再生できません。
そこで自社のオンラインストアの曲がiPodで再生できるよう、Fairplayを模したソフトが出現したのです。
Appleは法廷に持ち込むか、iPodのアップデータでそのソフトを無効にしょうとしています。
(どうもAppleはこの市場のMicrosoftを目指しているようですが、止めたほうが良いですね。)

この研究を書くために、オンラインミュージックのファイル形式とプレーヤーの互換や各DRMの許容範囲を調べましたが、ウンザリしました。
各社がバラバラにファイル形式やDRM、サポートしている機器を採用していて、よほどの知識がないと、購入した音楽ファイルがどの機器でかけられ、コピーや共有がどこまで許されているのかサッパリ分かりません。
誰でもレコード、CD、カセットテープが再生ができた時代とは大違いです。

DRMで最もユーザー寄りなのは、いうまでもなくAppleのFairplayです。
かつて、Phillpsがカセットテープの普及のためにライセンスを公開したことがあります。
そのお陰でテープの互換性が保たれ、音楽の共有に多大な寄与をしました。
Appleにも同じことを期待したいと思います。
Fairplayを公開して、どこのオンラインで買ってもiPodで再生できるようにしてもらいたいのです。
互換への第一歩として。
(繰り返しますが、本来はDRMなど無い方が良いのです。そうすればMP3で互換は保たれます。)
それと、GNU/Linux版のiTunesもリリースして下さい。
OSXでGNU/Linuxとの親和性をアピールしている以上、当然のことだと思います。

最後はオンラインのショップの問題です。
AmazonとかiTunes Music Storeのことです。
イナカに住んでいると、これらのショップは非常に便利で助かります。
コンビニみたいな本屋とCDショップしかなくて、希少で売れない本やCDが皆無だからです。

自己矛盾を承知で書きますが、オンラインのショップの隆盛は、細々と営んでいる自営の本屋やCDショップの息の根を止めてしまいます。
先日青山ブックセンターの倒産を知人からのメールで知りましたが、Amazonの影響が大きいのではないでしょうか。
小売店のグローバル化で、イナカの小規模店が世界規模の会社と競合せざるを得なくなっています。
スケールメリットを活かした低価格販売と競っては、勝ち目がありません。
その規模の差は、営業努力の範囲を超えています。
これは、実に困った問題です。



結局、iTunes Music Storeでは数週間でアルバム一枚、ミニアルバム一枚、シングル六曲しか購入していません。
それでも、就寝前にiPodで音楽を聴いています。
ついつい就寝時間を過ぎてしまうこともあります。
これは、間違いなく良い傾向です。