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iの研究


第三十九回 <世界>の研究(2)



イギリス人たちがその国を支配するのは、商売のためと知らなければなりません。
イギリス人たちの軍隊と艦隊はただ商売を守るためにあるのです。 
「真の独立への道」 M.K.ガーンディー著 より



M.K.ガーンディーはガンジーのことです。
「インド独立の父」で知られるガンジーのことです。
「真の独立への道」の表記がガーンディーになっていますので、以下ガーンディーでとおします。

何で今ごろガーンディー(ガンジー)?
そうお思いになるのももっともです。
ガーンディーは小学校や中学校の教科書で御馴染の人です。
イギリスの支配に対して、非暴力、不服従主義で抵抗した人です。

一般的に教科書に載るような偉人は、何となくとっつきにくいものです。
気軽に肩をたたけないような厳めしさがありますね。
それで、学校と縁がなくなると自然に遠い存在になってしまいます。

しかし、懐かしい名前ですね。
今これを読んでいる貴方、そう思いませんでしたか。
でも、でもですね、この本は面白いですよ。
今読むと、本当に面白いです。

何でわたしがガーンディーの「真の独立への道」を読んだか。
このことは一応書いておきたいと思います。
断続的に続けようと思っている<世界>の研究の出発点だからです。

今は複雑なストレス社会、と前回の研究で書きました。
それとWTCの自爆テロがどこかで繋がっているのではないか、とも書きました。
わたし自身がかかえた疑問を解くには、過去にさかのぼらなければなりません。
現在がどうなっているか、未来はどうなるか、その答えは過去(歴史)から探る以外ないからです。

人間の営みは歴史の記述の遥か昔から続いています。
記述の前は、想像力で補うしかありません。
それに比べると、一人の人間の一生は本当に短いものです。
その短さの中にも延々と続いた人間の歴史があるような気がします。
そこから考えないと、答えはないと思っています。
複雑なストレス社会に生きるわたしは、それでもかろうじて人間だからです。

わたしがこの本を知ったのは、法政大学の社会学者平野秀秋先生のWebページからです。
先生は、わたしが法政大学の社会学部に在籍していたときの先生です。
学生時代のわたし(及び学友)と先生の交流を書き始めるとものすごく長くなります。
ですから、ここでは書きません。
失礼を承知でいえば、わたし達にとって先生は年上の友人のような関係でした。
とにかく、先生とはひたすら一緒に遊んでました。

先生との交流が再び密になったのは、わたしのHP開設のお知らせからです。
先生のアドレスが分からなかったのと、見ていただくのが何となく恥ずかしかったので、連絡がかなり遅れました。
ご連絡したのは今年の春です。
先生もHPを開設されていて、相互リンクを貼っていただきました。

わたしは学生時代ほとんど勉強をしなかったので、学者としての先生を良く知りませんでした。
(こういう失礼な学生だったのですよ、わたしは。)
先生のHPを読んだり、メールの交換をさせていただくうちに学者としての先生と向き合うようになりました。
順序が完全に逆ですが、世の中にはそういうのも有(あり)、だと思います。

先生はHPで
「ONLINE講義社会学」を開講しています。
これは、先生が受け持っている大学一年生の講義の質疑応答です。
実際の講義の後で学生にレポートを提出してもらい、それに対して先生がONLINEで答える形式になっています。
これがかなり面白いのです。

このページは受講している学生に対して発信されているものですが、講義を聴いていないわたしが読んでも充分面白いものです。
現実の生活と交錯させながら、実に真摯に世界や人間の本質が探求されています。
しかも、先生の語り口が何ともいえず良いのです。
わたしはバックナンバーを大慌てで読んで、やっとリアルタイムでONLINE講義社会学に接しています。

先生は学生の質問に対して安易に答えることをしていません。
常識を疑い、自分の頭で考えること、それを何よりも優先させています。
これは教育者としての先生の考え方だと思います。

前置きが長くなりました。
10月17日更新のONLINE講義社会学で、学生に「真の独立への道」(岩波文庫)を推奨されていました。
この更新のお知らせは先生からメールをいただきました。
わたしの疑問を解くヒントは「真の独立への道」にあるかもしれない。
勘だけが頼りのわたしは、その勘を信じて本屋に出かけたのでした。



さて、研究に入ります!

「真の独立への道」は、1909年12月にガーンディーが主宰する週刊誌「インディヤン・オピニオン」に二回に分けて掲載されたものです。
翌年に単行本として刊行されましたが、その翌年発禁処分になっています。
この本は読者と編集長の対話形式をとっていますが、実際はガーンディーが一人で書いたものです。
対話形式、つまり話し言葉で書かれているので非常に読みやすい本です。

この本の解説で知ったのですが、ガーンディーは弁護士として長らく南アフリカに住んでいました。
南アフリカ在住のインド人の人権問題に奔走し、それは延べ21年にも渡る長き滞在でした。
この本もイギリスからケープタウンに帰る船上で記されたものです。
当時ガーンディーは40才でした。
わたし達の知っているガーンディーは、その後インドに帰ってからのガーンディーです。

この本は、イギリスの植民地支配化にあったインドの自治について記述したものです。
インドの政治的現実から議論を起こし、真の自治とは何か、までを語っています。
編集長はガーンディー自身、読者は急進派の青年というキャスティングになっています。
(テロ行為を正当化する急進派の青年、その誤りを指摘するガーンディー、これは今日的議論となっています。)

冒頭の引用を、スクロールしてもう一度お読みいただけますか。
この言葉は、植民地支配の本質を表しています。
(赤い文字色は以下も本書からの引用です。)
インドはイギリスの植民地でした。
まず、植民地について考えてみたいと思います。

何故ヨーロッパの諸国が競って植民地支配に奔走したか。
それは、商売の為でした。
インドを例にとって植民地支配の構造を説明してみます。

原材料を安く仕入れて、それで作られた「商品」を売るマーケットの必要性から植民地は存在しました。
安く仕入れて「商品」を売るの間に重要な要素が入ります。
生産の機械化です。
大量生産です。

マンチェスターがわたし達に及ぼした損害には限りがないほどです。

18世紀にイギリスで産業革命がおこります。
綿織物の機械化から始まっています。
その中心地が、マンチェスターです。

当時イギリスは安価なインド産綿織物に押されて伝統的な毛織物が不況に陥っていました。
綿織物の需要が続いたので、その対抗策から機械による綿織物の大量生産が生まれました。
産業革命は、インドの綿織物がその契機になったともいえます。

イギリスは植民地の西インド諸島やアメリカに綿花の畑を作って、それを国内で綿織物にしました。
それと同時にインドからの輸入品には高い関税をかけて国内産を保護します。
ここまでは、譲歩すれば一応マトモです。
ところが、大量生産は「商品」を過剰に作ってしまいます。
作り過ぎてしまうのです。

ここから、異常です。
イギリスはその作り過ぎた綿織物をどこに売りにいったかというと、これがインドです。
売るためには、インドの綿織物業者の腕を切るということまでしたそうです。
インドでは人間の手で綿を織っていましたから、切られたらお終いです。
そうやってインドの綿織物を全滅していまいました。
綿花を栽培させないために、イギリス人はインド人に紅茶やアヘンを栽培させたそうです。

次のマーケットは中国です。
お茶の輸入による貿易赤字に悩んでいたイギリスは綿織物を中国に輸出しようと打診しますが、見事に断れます。
そこで、何としてでも物を買わせようとしたイギリスはアヘンを輸出します。
おそらく中毒になるまでは唯同然で譲り、その後は価格を吹っかけたんでしょうね。
結果として、アヘン戦争がおきます。
(以上産業革命の説明は橋本治著「二十世紀」を参照しました。)

イギリス人はホントに酷いことをするなと思いましたが、ガーンディーは「悪いのはイギリス人ではない」といっています。
近代西欧文明を受け入れたインド人の方にこそ非がある、問題は機械を主なしるしとするその文明にこそ罪があると語っています。
ガーンデイーのこの考え方の背後には、インドにこそ真の文明があるという彼の確信があります。

植民地支配が武力(軍事力)を背景に達成されていたことは誰でも知っていると思います。
しかし、それはあくまでバックグラウンドです。
真の目的は、商売=ビジネスです。
別に商売自体が悪いわけではありません。
ガーンディーの家系は商人の家系ですし、彼はそれに誇りを持っています。

「商品」を大量に作ること、そしてそれが過剰になってしまうこと、ここに問題があります。
「商品」の生産に機械が介在したとき、それから人間の不幸が始まったのかもしれません。




「真の独立への道」は読みやすく中身のつまった本です。
これで500円は本当に安い。
だけど、中身がつまりすぎていて研究するのにはちょっと骨が折れます。
どこから考察していよいのか迷ってしまいます。

わたしがこの本を読んでいるのは、今の自分を知りたいためです。
だとしたら、自分の興味に引きつけて考察することが肝心ですね。
わたしが選んだキーワードは、「商品」。
それが、イギリス植民地であったインドと今の日本を結ぶラインだからです。

わたし達は「商品」に囲まれて生活しています。
見渡すかぎり「商品」に囲まれて、日々の生活を送っています。
もし、その「商品」が姿を消したらとっても淋しいでしょうね。
淋しさで気が狂わんばかりになるでしょうね。

いつの間にか、わたしの存在を証明するものは「商品」であり、最も親しい友も「商品」になってしまいました。
わたしが身に付けているものや、わたしの部屋にあるもの、それらはすべて「商品」です。
それらは、わたし以上にわたし自身を雄弁に語っています。
わたしは友を必要としているのか、それとも友を探す、友と繋がるツール=「商品」を必要としているのか。
それさえも曖昧になって、「商品」の海でなんとか浮輪につかまっている状態です。

人間は自分の手足で出来る範囲内だけ、行き来しなければならないように生みだされているのです。
人間の限界を、神は身体を造って設けたのでした。

もし「商品」が消えたとしたら、わたし達の眼前にはそういう現実が立ち現れます。
「商品」によって移動したり、「商品」を使って「商品」を得る生活がなくなれば。
この状態は、今のわたし達にはとてつもなく淋しい状態ですが、実にシンプルな生活には違いありません。
淋しさや不便を我慢して想像してみると、意外に新鮮な生活かもしれません。
複雑なストレス社会の対極に位置する生活ですね。

わたしは、ストレス社会の複雑さは「商品」の複雑さによるものではないか、と今考えています。
「商品」の複雑さは、その成り立ちの複雑さ、それを中心としている社会の複雑さです。
その社会の主人公は人間ではなくて、「商品」です。
原料を仕入れ、大量生産し、マーケットに「商品」を送りだす、それが中心になっている社会です。

ガーンディーは、真の自治とは人間の身体性に依拠した生活を送ることであると語っています。
イギリスの支配体制をスライドさせて独立することが自治ではなく、人間的な生活を取り戻すことを自治といっています。
西欧近代国家には自治がありえないと思っているからです。
西欧近代文明は、その身体性から逸脱した病の文明と断言しています。

ガーンディーの洞察力が秀でているのは、イギリスの植民地支配の根幹、西欧文明の根幹にふれていることです。
彼は単なる機械が嫌いな、遅れているオジさんではないのです。
機械が作る「商品」が近代国家の主役であり、その文明が病であることを見抜いているのです。

インドが近代文明に侵されている現実を、鉄道、宗教、弁護士、医者を例にとって説明しています。
ここで、簡単にふれてみます。

鉄道をイギリスが無償でインドに敷いたのは、もちろんイギリスの利益のためです。
鉄道を敷いてもらったインド人は喜びます。
なんて親切な人だろう、とね。
ま、親切には親切ですが、実は泥棒です。
鉄道の利用者から上がる利益は独占的にイギリス人が手にします。
沿線の資源は根こそぎ鉄道で運んで「商品」に換えて利益を得ます。

ガーンディーは鉄道によってペストが広まると書いています。
この指摘は重要です。
つまり、疫病は人やモノの移動がなければその地域で治まるからです。
狂牛病の広範囲な感染が示す複雑さがそこにはないからです。

神が身体を造って設けた人間の限界を超えると、そこに人間の限界を超えた複雑さが現れます。
又、鉄道の便宜によって人々が穀物を売り、それが高く売れるところに集中する危険性も指摘しています。
飢餓が広まるからです。
飢餓は自然発生的に生じるものですが、この飢餓は人為的なものです。
この飢餓の広がるプロセスも、自然の起因に比べると実に複雑です。

ガーンディーが鉄道で説明していることがらの実体を、今の言葉でいえば広い意味での情報になります。
自分の手足の範囲を超えて伝わる情報の危険性を指摘しているのです。



インドはヒンドゥー教徒とイスラム教徒の多い国です。
この両者を「宿敵」にしたのは、イギリスです。
両者の対立を統治の道具にして対立を煽ったのです。
このあたりはイギリスの統治の狡猾さですね。

ガーンディーは、決して両者は相容れないものでなく、そこに第三者が介入したことに問題の原因を見ています。
これは、弁護士の存在につながります。
卑近な例で説明しましょう。
貴方が交通事故をおこしたとします。
そうすると、貴方に知恵をつける人が必ずいます。
「絶対に自分が悪いといってはいけない」、とかなんとか。

これが、問題を複雑にするのです。
当事者同士で争って血を見たとしても、問題はそう長引かないのです。
第三者がそこに利益を得る機会を見たときに、問題が長引き複雑になるのです。
知恵をつけて利益を得る、つまり弁護士ですね。

弁護士は法曹界に属します。
法曹界の仕事場は法廷です。
そして、法廷がイギリス支配の要です。
(近代国家の要でもあります。)

自己の権力を維持しなければならない者が、法廷を通して、人々を支配しているのです。

イギリス人の弁護士、判事、警官ではイギリス人しか支配できません。
インド人の弁護士、判事、警官がいてはじめてインドを支配することが出来るのです。
法廷は正義であるというロジックを、現地の人間を使って行使するのです。
他国を支配する構造とは、このような構造なのです。
実に、狡猾です。

ですからガーンディーはこういっています。
「もし弁護士達が弁護士業を辞め、その職業を娼婦のように低いものとしたら、イギリス支配は一日で倒れるでしょう」。

法廷の主人である法律をつきつめると、国家にぶつかります。
さて、西欧近代国家が法律によって護ろうとしているモノは何でしょうか。
「真の独立への道」を読んで、わたしが得た結論は「商品」です。
機械によって大量生産された「商品」です。
(正確には、ONLINE講義で先生が指摘されている「市場経済」になるかと思います。)

医者は、病気を治してくれる有難い職業です。
ガーンディーの見解は違います。
医者は、薬や治療によって人間の自己摂生、自然治癒力を奪う危険な職業、になります。
その職業は真の文明とは相容れない仕事なのです。

最後に、ガーンディーのインド解放についての考え方にふれます。
武力による解放は、機械を機械で壊すようなもので、彼の思想とは無関係です。
自治(身体性に依拠した生活)を取り戻すのが真の解放ですから、それに則した方法しかありません。
真の自治=真の文明が何であるかを、身をもってイギリス人に示すのが彼の方法です。

サッティヤーグラハ(魂の力)、その力が彼の武器です。
慈悲の力ともいわれます。
英語でいえば、「受動的抵抗(パッスィヴ・レジスタンス)」になります。
具体的な戦術は、非暴力、不服従、断食です。
やっと、教科書のガーンデイーが出てきましたね。


本書を読んで知ったガーンディーの語る自治は、それほど特殊なものではありません。
少なくとも西欧近代の前にはそれに近い生活がありました。
近代が始まる前までは、「人間の知恵」として太古の昔から受け継がれてきたものです。
国王が何をしようが、普通の人々は「人間の知恵」を基本に生活していたのです。
近代国家の成立によって、「後ろ向きの考え方」として退けられるまでは。

近代合理主義が断罪した不合理は、実はとっても合理的なものだったのかもしれません。
今は、断罪した不合理に復讐されている時代かもしれません。
合理主義から見ると、昨今の不可解な事件が何とも不合理にみえるのは、当たり前かもしれませんね。

しかし、この本を読んで知った植民地インドと現代の日本の違いを考えると愕然とします。
あまり違わないことに、愕然とします。
もちろん、わたし達は昔の王侯貴族のような贅沢な生活をしています。
別に植民地でもありません。
それは当時のインドとは大違いです。

イギリスの商売の為に植民地となったインドと、「商品」に埋もれた生活をするわたし達にどれほどの違いがあるか。
疑問です。
世界に植民地といわれる国はほとんどなくなりました。
内実が同じで、名称が独立した近代国家と呼ばれているだけかもしれません。

それは、近代国家が生まれた西欧の国々でも同じかもしれません。
ガーンディーが語っているように、人間が人間以外のものに支配されているということでは。

そして、近代国家も複雑な代物です。
人間の身体性から最も離れた、実体の掴めない(あるいは実体が不明な)共同体です。
こんな訳の分からない大きな共同体が人間に必要なんでしょうか。
読後の素朴な疑問です。

この研究は、わたしにとって結構苦痛です。
何故なら、ガーンディーの思想の反対側にわたしの生活があるからです。
「商品」に囲まれ、「商品」に依拠した生活を送っているからです。
分不相応なことを書いてるな、という「複雑」な自覚があります。

この本を読んで感銘を受けたわたしですが、それで生活がすっかり変わるわけではありません。
この身に染み込んだ西欧近代は、根が深いのです。
わたしが生まれたのは戦後の4年後、日本の復興ともに育ってきました。
「商品」とともに育ってきたのです。
根が深いわけです。
少しずつ、それを薄めていけたら良いな、と思っています。

(今回の研究は平野先生のONLINE講義社会学から多大な示唆をいただきました。)

<第三十九回終わり>



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