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iの研究


第三十七回 <マクドナルド>の研究(2)


わたしは時々、買い物で郊外のショッピングセンターに行きます。
わたしが行くのはたいてい平日の昼下がりです。
あまり人がいない時間帯です。

だだ広い駐車場に車を停めてドアを開けると、360度視界が開けます。
休日ともなれば人と車でごった返す空間も、今は閑散としています。
メインのスーパーの巨大な建物に、飲食店やカジュアルショップ、ドラッグストアやディスカウントの酒屋が並んでいます。
どの建物も、装飾を外せば工場のような造りです。

その工場のような建物の中の一角に、マクドナルドはあります。
マクドナルドが銀座三越に第一号店を開店した時のターゲットは若者でした。
今のマクドナルドの中心客は、高校生以下の子供か親子連れです。
イナカの若者は、ファミリーレストランに流れています。
都会では、スターバックスに代表されるコーヒーショップかもしれません。

マクドナルドが子供で溢れているのは元々の戦略ですから、意外なことではありません。
戦略の核心は、子供の味覚にマクドナルドの味を記憶させることです。
大人になってもマクドナルドの味が忘れられないように。

ハッピーセットやロナルドは、子供の心を捕らえます。
ロナルドは子供にとって、信頼に足る友、なのです。
子供の頃にディズニーのアニメーションやキャラクターに親しんで、大人になればせっせとディズニーランドに通う。
かような幼少期の強力なファンタジーをマーケティングに応用して、マクドナルドは戦略を立てています。

工場のカタチをしたショッピングセンターの中にあるマクドナルドも、実は工場です。
マクドナルドのハンバーガーは工業製品なのです。
その大量生産システムの最終工程がマクドナルドの調理場です。
ですから、貴方がマクドナルドで食べるハンバーガーは工場で製造されたばかりのハンバーガーなのです。

このことは、別にわたしが書かなくても多くの方はご存知だと思います。
マクドナルドの調理場でプロの調理師が働いているとは誰も思っていないからです。
パートやアルバイトが、冷凍になったハンバーガーやフライドポテトを(マニュアルに従って)戻しているだけなのですから。
そうです、既に調理したものを元に戻しているだけなのです。

マクドナルドには調理師はいません。
調理師は(かつては)高給取りで、引き抜きなどで移動も激しいものでした。
創業者のマクドナルド兄弟は、調理師に頼らず誰でもハンバーガーが作れるシステムを考えました。
調理場の作業を分業化して、工場の組立ラインの原理を取り入れたのです。
ひとりの人間に、一つの作業を教えるだけで済むシステムを考え出したのです。



最初は調理場だけが工場でした。
そのシステムはマクドナルドの発展とともに拡がっていいきます。

ここからは、前回ご紹介した「ファストフードが世界を食いつく」(エリック・シュローサー著)を参照しながら考察します。
ハンバーガーは牛肉で作られています。
マクドナルドに牛肉(挽肉)を納めているのは精肉加工業者です。
マクドナルドが牛肉の消費量の全米ナンバーワンになった時、その発言力は強大なものになります。

マクドナルドが価格、納品量、納品日時、決済等を決めるのです。
以前は、外食市場に高シェアを持つ企業はありませんでした。
考えてもみて下さい、以前はレストラン、食堂はほとんどが個人経営であり、多店舗経営といっても数がしれていました。
会社組織になっているところも、限定された地域で事業を展開していました。

ところが、全米の主だった街にマクドナルドが出来ると事情が変わってきます。
外食産業自体の規模も大きくなり、業界の消費量も飛躍的に増えました。
精肉加工業者は、マクドナルドのような超大手業者と取引できれば大きな利潤を得ることができます。
その為には、無理を聞くことになりますね。
多少の無理を聞いても、大量の安定した取引が継続されるわけですから。

納入競争に勝つためには、価格を下げ、オーダー量に迅速に対応し、納期を早めなければなりません。
当たり前ですよね。
マクドナルドは企業ですから、より安く、より供給が安定し、より早い納品を求めますから。
この競争は、精肉加工業者に生産性の向上を促し、合理化と吸収合併を生みます。
そうしなければ勝てないからです。

今、アメリカの精肉加工業者は大手三社の寡占状態になっているそうです。
精肉加工業者の食肉処理場はベルトコンベアの流れ作業になっています。
昔は、食肉処理のスペシャリストが従事していました。
職人です。
調理師が職人であるように、彼らも職人です。

マクドナルドの調理場に調理師がいないように、精肉加工業者の処理場にも職人はいません。
作業が分業化され、ひとりの人間に一つの作業を教えるだけで済むシステムになっているからです。
このシステムの元祖は、有名はフォード自動車の工場システムです。
このシステムによって、フォードは低価格の自動車を市場に送りだし今日の地位を築きました。

作業の単純化は、経費の大幅な節約になります。
熟練を要さない、誰でも出来る作業は、賃金を低く押さえることが出来ます。
アメリカは移民の国ですから、英語の喋れない移民や、不法滞在の人々が常に存在しています。
彼らをパートタイマーとして安く雇い、処理場を工場化してコストを下げることに食肉加工業者は腐心しました。

作業は単純ですが、食肉加工の労働は過酷で常に危険がつきまとう種類のものです。
大きな牛を刃物で切り刻むのが、その主な労務ですから。
その過大なストレスと不安定な地位は、異常な離職率となり、彼らの住む地域をスラム化します。

パートタイマーが主力であったり、離職率の高い職場は労働組合の組織化が難しくなります。
これは、企業にとって好都合です。
彼らにとっては、うるさいハエがいなくなるからです。
しかし、労働組合は健全な企業経営には欠かせないものです。
労働者の福祉や、作業の安全、、消費者の立場を代弁する機能を持っています。
企業が目先の利潤に奔って、結果的に損失を被るのを制御する機構があるからです。

フリーターという職業(?)が確立されつつある今の日本は、似たような状況にあります。
熟練を要さない、誰でも出来る低賃金の仕事の需要が多いからです。
もちろん、フリーター側の意識の問題もあります。
(仕事に魅力を感じでいない、その必要もない人が増えつつあることと関係していると思います。)



大手精肉加工業者は激しい競争を繰り広げながらも、共通の利益の為にはカルテル(談合)を結びます。
農家からの牛の買い付けでは、共同戦線をはり、できるだけ価格を引き下げようとします。
生き残りをかけて、今度は農家の吸収合併が盛んになります。
そうしないと、精肉加工業者の要求に応えられないからです。

市場価格は、需要と供給の関係で決まります。
ファストフードやファミリーレストランが台頭する前は、市場の原理が通用していました。
しかし、買手側の一部が恒常的な大量買いをすると、その発言力が市場を支配してしまいます。
買い手市場になってしまうのです。
マクドナルドが精肉市場を支配し、大手精肉加工業者が畜産市場を支配する構図です。

多くの農家は加工業者の下請けとなり、牧場は生産性の向上を求めて工場のようになってしまいます。
大きな畜舎に牛が牛詰め(これは、シャレにもならないです)になり、いかにコストをかけないで多くの牛肉を生産するか、日夜研究することになります。
ここでも、肉の安全性や牛の成育環境は二の次になります。
そして、自営の牧場は激減し、今やカウボーイも絶滅寸前の状態です。

この連鎖は、牛の飼料である穀物産業にも及びます。
同じことが起こるわけです。
全米の農民の数は囚人の数を下回っている、といわれる惨状です。

明るいマクドナルドの店内のカウンターの向こう側は、果てしない荒涼とした風景に繋がっているのです。
強者が弱者を駆逐し、富の集中が加速度的に進行しています。

以上は、「ファストフードが世界を食いつく」の骨格を自分の興味に基づき自分流に要約したものです。
しかしこれは一部で、この本にはマクドナルドに関する様々なレポートが収められています。
ディズニーとの関係、店内労働者の問題、フランチャイズ契約の実態、食品の安全等々です。
ご興味がありましたら、お読み下さい。
(ただし、マクドナルドにも当然反論があると思います。全部を鵜呑みにせず、読みこなすことも必要かと思います。)

さて、マクドナルドのハンバーガーは旨いか?
わたしの経験では、値段の割には旨いが、その旨さは不思議な旨さである、になります。
この旨さは、マクドナルドに限らず他のファストフード、ファミリーレストランに共通するものです。
その秘密は?

興味深いことが「ファストフードが世界を食いつく」に出ていました。
味の感覚は舌より鼻の方が強いそうです。
つまり、匂いとか香りが味の決め手になるということです。
現代の食品では、これらは香料の存在で左右されます。
香料は大規模な化学工場で研究され、生産されています。
(食品に表示される、人工香料と自然香料にはほとんど違いがないそうです。)

実験室でテスティング用の濾紙に香料を垂らし目を閉じると、物凄くリアルな食物のイメージが現れるそうです。
みずみずしいサクランボ、黒オリーブ、炒めたたまねぎ、えび・・・・、そして、焼き立てのハンバーグの匂い。
どうやら、このあたりに秘密がありそうですね。

マクドナルドはアメリカのウエストコーストから出発して、今や世界中に店舗を持つ超企業になりました。
マクドナルドが開発したシステムは、どの国に行っても適用されます。
当初は主要納入業者がその役割を果たしますが、現地の不安を和らげるために、操業している国で食材を調達する方向にいきます。
その国に巨大な食物連鎖(農業生産)システム全体を輸出しようとしているわけです。
つまりは、世界的実現(グローバル・リアライゼーション)です。
最近馴染みの言葉、グローバリズムと同意ですね。


イナカのバイパスはもっとも賑わう通りです。
昔流にいえば、繁華街になります。
その通りは、チェーンのファストフード、ファミリーレストランで埋め尽くされています。
個人経営の店はまばらです。
アメリカの牧場と同じです。

イナカの、人が歩ける道沿いにはコンビニが必ずあります。
その間には、昼でもシャッターの降りたお店が幾つかあります。
都会でも事情はさして変わりません。
長らく営業していた酒屋や米屋が店を畳んでコンビニになったり、廃業したりしています。
さすがにイナカと違って新規に個人がお店を出すケースもあります。
いずれにしても、個人経営は減る一方です。

コンビニで店員に「こんにちは!」といわれると、困ります。
別に知り合いではないからです。
「こんにちは!」と返すのは、バカだと思い黙って聞こえなかったふりをします。
品物を選び、レジで会計をして店を出るまでは、何時も同じ言葉と仕草の繰り返しです。
店員がそうであるように、わたしもそうです。

店員はマニュアルにしたがって対応しますから、何時も同じなのは当たり前ですね。
でも、わたしには強制されたマニュアルはないはずなのに、何時も同じです。
楽といえば、楽ですが、何か変です。
わたしは、画一化された店員によって画一化された客を、演じているのかもしれません。

あの異常に白く明るい蛍光灯の下は、まるで夜の工場のようです。
コンビニの棚に並ぶ無数の工業製品は、装いとは裏腹に冷たい表情に見えます。
そのクールさは、ある種の快感につながるのかもしれません。
それは、マクドナルドのハンバーガーを歩きながら食べる快感とは随分距離があるようにみえて、実は近いものかもしれません。

マクドナルドが開発したシステムは、ファミリーレストランを生み、異業種の小売店まで波及しました。
ウエストコーストのサバービアンに受け入れられたシステムは、日本の津々浦々まで浸透しつつあります。
サバービアントは疑似の平等を体現した人々です。
それは、疑似であっても平等であり、大統領もホームレスも同じマクドナルドのハンバーガーを食べるのです。
コンビニも、客の差別をしません。
金持ちでも、貧乏人でも同じ対応をします。
マニュアルには、貴賎の区別がないからです。

やっぱり、何か変ですね。

システムを考えることや、コンサルティングが実業社会の中心にいるのも変です。
弁護士が多い社会が歪んでいるのと同様です。
システムが自己完結せず外に出たとき、それを制御するシステムは必要です。
それがないと、システムは暴走する危険があるからです。

わたし達は、制御するシステムを持っているでしょうか。
国家が当てにならないことは自明です。
出来ることは、変だと思って、そこから考えるしかないと思います。
何か変だ、それはどこが変なのか、と考えるしかないと思います。

最後も日本マクドナルド社のHPに掲載の社長藤田田氏の語録です。

私たちのビジネスは、人間の味覚という実に微妙なものを相手にしている。それは気候や風土、民族の多様性を越え、いつ、どこで、誰がやっても、同じ笑顔で、同質の味を提供できる。私たちはマクドナルドのハンバーガーという普遍性を備えた「文明」を売っているといってもいい。 (1979年1月)


<第三十七回終わり>





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