藍 画 廊



新世代への視点2011
友政麻理子展
TOMOMASA Mariko


東京現代美術画廊会議(銀座、京橋地区の10の画廊で発足し、現在は11の画廊)は、1993年より「-画廊からの発言- 新世代への視点」を主催してまいりました。
12回目の開催となる2011年展の藍画廊の展示は、友政麻理子さんの映像インスタレーションです。



画廊入口から見た展示風景です。
正面壁面全体にビデオが映し出されています。
画廊の床には登山に用いる備品が置かれていて、その一部にプロジェクターが仕込まれています。



反対側の入口横壁面にも相対する形でビデオが映写されています。
この二つのビデオは編集によって呼応(シンクロ)する形になっています。
この映像インスタレーションのタイトルは「やまびこ - AISHITERU- 」でサイズは可変、上映時間は14分27秒ですがループで常時映写しています。
展示室の展示はこの映像インスタレーション1点で、その他小展示室に2点、事務室壁面に2点の写真作品があります。

画廊に入ると、向かい合った大きな画面と、叫ぶような音声が聞こえます。
叫びは正面壁面と入口横壁面のスクリーンで呼応していますが、何を言っているのか分かりません。
友政さんに訊いてみました。
「愛している」という言葉をオノマトペ(擬声語)で発しているそうです。

オノマトペを発している舞台は、山岳を中心に、室内、公園のような戸外など幾つかの場所です。
登場人物は友政さんの祖母、母以外は未知の人で、現場でオノマトペを依頼したそうです。
以下に映像の一部をランダムに掲載いたします。








小展示室と事務室壁面の作品です。



「やまびこ」で21(H)×29.7(W)cm、写真作品です。



左は小展示室の展示、右は事務室壁面の展示で2枚組になっています。
サイズは共に21(H)×29.7(W)cmです。
写真作品ですが、右の写真にはインクでオノマトペが書かれています。



新世代への視点2011のカタログには各作家の短いコメントが載せられています。
友政さんは次のようなコメントを寄せています。

ある日、ニュースに映った宇宙飛行士と管制官の交信の場面は、私に祈りの様なものを感じさせた。
この身体は切り離されているが、私達は他者との交信をあきらめていない。
大切な人が目の前にいる時もいない時も、私達は彼や彼女の事を思うことが出来る。
私は制作を通して、遠くの者との交信の可能性を探りたいと思っている。


オノマトペで「愛してる」と叫ぶ老若男女。
その声は巧みな編集によって、呼応しているように聞こえる。
時空を超えて交信しているかのように見える、スクリーンの人々。
「やまびこ」とは山の谷で起こる声や音の反響、こだまのことですが、もとは山の神が音声まねるのだと信じられていました。
ですから別の意で、「やまびこ」は山の神、山霊もあります。

友政さんの映像インスタレーションを見ていると、交信(コミュニケーション)の本意を探っているよう思えます。
人はなぜ一人では生きられないか。
たとえば、それは山奥に逃げた窃盗犯の孤独な生活に表されています。
これは実際にあった話で、その男は山中に小屋を作り潜んでいましたが、会話は欠かしませんでした。
一人で二役を演じて、会話を続けていたそうです。

交信の基盤にあるのは、愛です。
ですから友政さんが「愛してる」という言葉は選んだのは当然と言えます。
しかしその愛は生きている人間だけの専有物ではありません。
死者や霊などの遠くの者にも、それは向けられます。

「やまびこ」が人の声の反響という狭い意味に限られ、山の神が排除された時から、人は交信不全になったのかもしれません。
それはわたしの勝手な深読みですが、霊的存在との交信はかつては不可欠なものでした。
友政さんが山を主な舞台に選んだのは偶然かもしれませんが、写真に書かれた多種多様のオノマトペは、ひょっとしたら山の神が発した言葉ではないかと思えてきます。

宇宙飛行士と管制官の交わした、極限の距離を持った交信。
そこには言葉の意味を超えた何かがあったはずです。
それこそが交信の本質であり、人の生と密接に結びついた何かです。
対面するスクリーンには、その何かが表現されています。

ご高覧よろしくお願い致します。

友政麻理子経歴

「新世代への視点2011」公式Webサイト
同時開催 新世代への視点2011 画廊からの発言'11 小品展


会期

2011年7月25日(月)ー8月6日(土)

日曜休廊

11:30amー7:00pm(最終日6:00pm)



会場案内